慢性期片麻痺者における学習性不使用の評価 麻痺肢の身体性注意に着目して
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概要
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【はじめに、目的】脳は、非常に優れた学習能力を有する。そのため、時として学習者自体が不利益となることをも学習してしまう。このことは、リハビリテーションにおいて、麻痺肢を使用しない状態が長く続くことで、麻痺肢を使用しないことを学ぶ"学習性不使用(Learned nonuse)"として知られる。慢性期片麻痺者の運動機能障害は、脳自体の損傷に起因するものと、二次的に生じる学習性不使用に起因するものがあると考えられる。しかしながら、学習性不使用は概念であるため定量的に測定することは困難であり、実際に、運動機能に学習性不使用がどの程度影響を与えているのかは不明確である。先行研究より、痛みにより四肢の不動が生じるCRPS患者は、痛みのある四肢に向けられる身体性注意が低下することが報告されている。本研究の目的は、慢性期片麻痺者における学習性不使用と運動機能の関係を明らかにするために、自己身体に向けられる身体性注意を心理物理的手法により定量的に評価することである。まず実験1 では、視覚刺激検出反応課題を用いて自己身体の身体性注意を計測し、学習性不使用との関係性を調べた。実験2 では、麻痺肢の身体性注意と運動機能の関係性を調べるために、運動機能を向上させる経頭蓋磁気刺激法の介入前後において比較を行った。【実験1:方法】健常者15 名、半側空間無視を伴わない慢性期片麻痺者15 名(左麻痺:8 名、発症後期間:7 〜153 ヶ月)を対象とした。机上の左右のいずれかの位置に対象者の自己手(健常者:左手、片麻痺者:麻痺手)を置き、もう一方に手の形をした模造手を置いた。視覚刺激が自己手または模造手の上のいずれかに現れた際にできるだけ早くボタンを押し、反応時間を記録した。ボタン押しの反応手は健常者で右示指、片麻痺者で非麻痺側示指とした。視覚刺激が模造手上に現れた際の反応時間(RTd)から、視覚刺激が麻痺手上に現れた際の反応時間(RTp)を引いた値を麻痺手に向けられる注意量と定義した(注意量=RTd−RTp)。麻痺手に向けられる注意量と各片麻痺者の臨床データと比較し相関関係を調べた。【倫理的配慮、説明と同意】実験1、2 共に本研究は東北大学倫理規定に基づき、対象者にインフォームドコンセントを得た。【結果】健常者では自己手上の視覚刺激に対する反応は、模造手上の視覚刺激に対する反応よりも早くなった。片麻痺者では麻痺手上の視覚刺激に対する反応と模造手上の視覚刺激への反応の間に有意差が認められなかった。麻痺手に向けられる注意量はfinger function test(SIAS)と正の相関、発症後期間との間に負の相関が認められた。さらに、麻痺手に向けられる注意量は左右片麻痺者で有意差を認められなかった。【考察】健常者で自己手上の視覚刺激に対する反応が早くなったことは、過去の報告と同様に、自己身体には潜在的に注意が向けられていることを示唆している。片麻痺者では麻痺手に向けられる注意が低下していた。さらに相関の結果から、手指運動機能が重度で、発症後期間が長ければ、麻痺手に向けられる注意量がより低下していた。これらのことから、慢性期片麻痺者の麻痺肢の身体性注意を定量的に測定することで、学習性不使用を反映する可能性が示唆された。【実験2:方法】慢性期片麻痺者に対して手指運動機能の改善が図れるとされる反復経頭蓋磁気刺激(以下rTMS)を行い、運動機能と麻痺肢の身体性注意の関係性を調べた。慢性期片麻痺者7 名に手指運動機能改善を目的に10 日間のrTMSを行った。10 日間のrTMS前後に運動機能の評価として、10 回の最大手指開閉運動中の2 指MP関節の角度変化を電子角度計にて測定した。加えて、麻痺手の身体性注意の評価を実験1 と同様の課題を用いて評価した。【結果】最大手指開閉運動中の2 指MP関節角度変化量は10 日間のrTMS刺激前後で有意に増加した。加えて、麻痺手に向けられる注意量も有意に増加した。【考察】手指運動機能の改善に伴って麻痺手に向けられる注意量が増加することが示された。【全体考察】実験1 から、学習性不使用を麻痺肢の身体性注意として評価できることが示唆された。さらに、麻痺手の運動機能と麻痺手への身体性注意との間に関連性を示した実験2 から、運動機能と学習性不使用の関連性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】麻痺肢の身体性注意を測定する事で、慢性期片麻痺者の運動機能障害に影響を与える学習性不使用の定量的な評価を行った。この指標を用いれば、患者ごとに学習性不使用の程度を評価することができ、リハビリテーションの介入の際の指標になる可能性が示唆された。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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