動作速度の違いが階段降段動作中の膝関節に及ぼす力学的影響
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概要
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【はじめに、目的】内側型変形性膝関節症(以下,膝OA)は,高齢者人口の増加に伴い増加の一途にある退行変性疾患であり,その主症状である膝関節痛は高齢者の活動性や生活の質を阻害する.このため,高齢者が膝OAを発症する要因を解明することが重要である.膝OAの発症と進行には膝関節内側への圧縮ストレスが関与すると言われており,その指標として外力による膝関節内反モーメント(以下,外部膝関節内反モーメント)がある.一般に,高齢者は若年者と比較し,動作速度の低下が認められる.その動作速度の低下は,動作中の前額面における動作戦略の変化をもたらし,外部膝関節内反モーメントに影響を及ぼすことが推察される.そこで本研究では,歩行動作よりも力学的要求が高く高齢者が困難を訴えることの多い階段降段動作において,健常若年者を対象として動作速度の違いが膝関節に及ぼす力学的影響を明らかにすることを目的として行った.【方法】被験者は下肢に既往および障害を有さない健常若年女性12 人(年齢23.5 ± 1.1 歳,身長159.2 ± 5.7cm,体重51.7 ± 5.9kg)であった.課題動作は,4 段構成の階段(踏面30cm,蹴上20cm)を用いた非利き足からの1 足1 段での降段動作とし,被験者の感じる快適スピードで行う条件(以下,条件N)とそれよりも遅い60beat/minに設定したメトロノームに合わせたスピードで行う条件(以下,条件S)の2 条件で行った.降段動作中の運動学的データは,赤外線反射マーカを身体各標点に貼付し,赤外線カメラ6 台からなる三次元動作解析システムVICON MX(Vicon社製)により,運動力学的データは床反力計(テック技販社製)6 基を用いて取得した.解析区間は利き足を2 段目に接地した時間から離地した時間までとし,得られたデータを基にBody Builder(Vicon社製)を使用して,動作所要時間,身体重心座標,セグメント角度,関節モーメントを算出した.統計学的解析には統計ソフトウェアSPSS Ver. 14.0 J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用い,Shapiro-Wilk検定によりデータに正規性が認められた場合は対応のあるt検定を,認められなかった場合にはWilcoxonの符号付順位検定を行い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究の実施に先立ち,演者の所属する機関の倫理委員会の承認を得た.また,被験者に対して研究の意義,目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得た後に実施した.【結果】身体重心の前後方向の速度は条件Sが条件Nと比較して有意に低値を示しており(p<0.01),動作所要時間は条件Sが条件Nと比較して有意に延長していた(p<0.01).外部膝関節内反モーメントの最大値は2 条件間で有意差は認められず,積分値は条件Sが条件Nと比較して有意に高値を示した(p<0.01).床反力全方向合成成分の最大値は,条件Sが条件Nと比較して有意に低値を示し(p<0.01),積分値は条件Sが条件Nと比較して有意に高値を示した(p<0.01).膝関節中心左右方向座標の解析開始時からの最大外側変位量および,下腿外側傾斜角度の最大値は条件Sが条件Nと比較して有意に高値を示した(膝関節中心左右方向座標:p<0.05,下腿外側傾斜角度:p<0.01).【考察】一般に関節モーメントは,床反力の大きさと床反力と関節中心との距離(以下,レバーアーム)の積により求められる.遅い動作速度では動作所要時間が有意に延長し,床反力全方向合成成分の最大値は有意に低値を示した.それにもかかわらず外部膝関節内反モーメントの最大値は両条件間で有意な差は認められなかった.これは,遅い動作速度では膝関節中心左右方向座標の最大変位量,下腿外側最大傾斜角度が有意に高値を示していたことから,膝関節の運動学的な変化によりレバーアームが増大したためと推察される.また,遅い動作速度では動作所要時間が延長したことにより,立脚期時間の外部膝関節内反モーメントの総和である積分値は有意に高値を示したものと考えられる.したがって,降段動作において動作速度が低下した場合,外部膝関節内反モーメントの最大値は変化しないが,積分値は増大し,立脚期中の膝関節内側への圧縮ストレスを増大させる可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究は,降段動作における動作速度の違いが外部膝関節内反モーメントに及ぼす影響を,運動学・運動力学的な変化から明らかにし,動作速度の低下と膝OA発症の要因との関与を示唆したことに理学療法学研究としての意義がある.
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