脊髄損傷モデルマウスにおける麻痺の程度と異所性骨化による骨形成量について
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概要
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【目的】異所性骨化は,正常な骨,関節周囲の軟部組織に起こる異常骨化現象のことであり,脊髄損傷,脳血管障害など麻痺性疾患や外傷,手術後の合併症となることが多い.通常四肢の大関節周辺部に多発し,疼痛および関節可動域制限を引き起こし,理学療法の妨げとなる.その発生機序については未だ不明な点が多いが,麻痺,不動,浮腫,循環障害などが関与していると言われている.われわれのこれまでの実験では脊髄損傷モデルマウスに骨形成因子を移植し実験的異所性骨化を作成したところ,より旺盛な新生骨形成を認めている.この実験過程で,麻痺の軽重が新生骨形成量に影響を与えていることが示唆された.そのため,今回は脊髄完全麻痺と不全麻痺モデルを作成し,麻痺の程度と骨形成量について検討した.<BR>【方法】脊髄損傷モデルマウス作成のために,麻酔下にddY系雄性マウス(6週齢)の第8胸椎を椎弓切除し,展開された脊髄に対し完全麻痺群はメスによる脊髄横切法,不全麻痺群はweight drop法(3gまたは5gの重錘×2.5cmまたは5cmの高さの組合せ)を用いた.また,椎弓切除術のみを行ったものをsham群とした.術後約1週間にわたり麻痺の自然回復を観察,評価し,麻痺の程度が安定したところで脊髄損傷およびsham群の両下肢ハムストリングス筋膜下に骨形成因子(Bone Morphogenetic Protein; 以下BMP)を移植し,実験的異所性骨化を作成した.本実験では,ブタの長管骨より抽出した粗製BMPの粉末3mgをNo. 5ゼラチンカプセルに詰め,移植用BMPとして使用した.移植から3週間後に下肢の軟X線撮影(softex)により新生骨形成を確認した.そのレントゲン写真を参考に新生骨形成部をサンプリングし,これを1000°C×1時間で焼灼した.焼灼後の灰分重量を測定し,これを骨形成量とした.最終的な麻痺の評価と求めた骨形成量を用いて統計学的分析を行った.麻痺の評価には改変版hindlimb motor function score; MFSを用いた.麻痺の評価をもとに,完全麻痺群,不全麻痺群,sham群の3群に分類した.また,完全麻痺群と不全麻痺群を合わせ,麻痺群とした.完全麻痺群,不全麻痺群,sham群の検定には一元配置分散分析法を用い,麻痺群とsham群の検定には対応のないt検定を用いた.さらに,麻痺の評価と骨形成量の回帰直線を求めた.<BR>【説明と同意】本実験は,名古屋大学医学部動物実験倫理委員会の承認を得て行った.<BR>【結果】各群の新生骨形成量(平均値±標準偏差)は,完全麻痺群は6.7±1.5mg (n=8),不全麻痺群は6.1±2.9mg (n=65),麻痺群は6.2±2.7mg (n=73),sham群は4.3±0.8mg (n=7)となった.完全麻痺群,不全麻痺群,sham群の検定では危険率18%となり,有意差は認められなかった.麻痺群とsham群の検定では有意差が認められた(p<0.01).麻痺の評価と骨形成量の回帰式はy=-0.08x+6.35,相関係数は-0.10,危険率38%となり,関係性は認められなかった.<BR>【考察】本実験では,脊髄損傷による麻痺の程度が重度になるほど異所性骨化による骨形成量が多くなる傾向はあったが,統計学的有意差を認めるまでには至らなかった.一方,脊髄損傷による麻痺群(完全麻痺群+不全麻痺群)はsham手術群に比べ異所性骨化を有意に促進することが認められた.以上から,脊髄損傷モデルマウスにおいては明らかに実験的異所性骨化を促進していることが言える.その発生には,前述したように運動麻痺の他にも関節不動化,浮腫,局所循環障害,局所感染,代謝障害などが関与していると言われているが,本実験でコントロールしたのは麻痺の程度のみであり,前述した因子が麻痺の程度と骨形成量の関係性をマスキングしている可能性がある.<BR>【理学療法学研究としての意義】異所性骨化はいったん生ずると疼痛や関節可動域制限を引き起こし理学療法の妨げとなることが多い.しかし,その発生機序や骨化過程さらに予防法,治療法については未だ不明な点が多い.これは臨床において異所性骨化という病態の発見の遅れとそれに伴う病状初期の組織サンプリングの困難さが一因となり基礎的研究が進まなかった点にあると考えられる.今回用いた実験モデルは骨化過程の病理組織像や脊髄麻痺が骨化を促進する点で臨床像と非常に類似しているため,この病態の究明に大いに役立つと考えられる.今回の実験で調べた麻痺の軽重や,さらに超音波治療や運動療法などの理学療法modalityがどのように脊髄損傷下の異所性骨化に影響するかが重要な研究テーマとなる.このモデルを用いて研究を進めることにより異所性骨化の病態の究明や予防,治療法が明らかになれば患者,障害者にとって大きな福音になる.
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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