肩関節挙上運動時におけるX線画像上の動き:肩甲骨,胸郭,鎖骨の関係について
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概要
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【目的】臨床上,肩関節機能障害症例は運動時痛や可動域制限を呈することが多いが,我々はその原因を考えるにあたり,X線画像上の胸郭や肩甲骨,鎖骨の動きの評価からも肩関節周囲の運動機能的な状態を予測でき,治療に応用できると考えている.第44回理学療法学術大会において,肩関節挙上運動時に肩関節に愁訴のない対象は肩関節機能障害を有する症例と比べ胸郭を下方へ移動させていること,及び,鎖骨の動きが小さいことを報告したが,その際の肩甲骨の動きについての詳細には言及していない.そこで本研究は,肩関節挙上運動に伴う肩甲骨の上下方向の動きと上方回旋,胸郭,鎖骨の各々の動きの関係についてX線画像から検討することを目的とした.<BR>【方法】対象はメディカルチェック目的で当院に来院し、上肢に既往,愁訴がなかった36名(男性:16名,女性20名,年齢25.8±3.9歳)とした.医師の指示により診療放射線技師が撮影したX線画像のうち上肢下垂位と最大挙上位の前後像を用い,非利き手側を計測対象とした.計測項目は挙上運動構成要素として,肩甲骨上方回旋角度,肩甲骨挙上量,鎖骨挙上角度,胸郭運動量とした.肩甲骨上方回旋角度は最大挙上位における関節窩の上端と下端を結ぶ線が垂線となす角度とした.肩甲骨挙上量は,指標点として肩峰,下角,肩甲棘と肩甲骨内側縁の交点の三点を結んで三角形とし,それぞれの頂点と対辺の中点を結ぶ線が交わる点を描出し,その指標点のX線画像下端からの垂直距離を計測し,下垂位から最大挙上時の変化量とした.鎖骨挙上角度は鎖骨近位端中点と遠位端中点を結んだ線と水平線のなす角度の下垂位から最大挙上時の変化量とした.胸郭運動量は左右の鎖骨近位端の中点を指標点とし,X線画像下端からの垂直距離の下垂位から最大挙上時の変化量とした.各運動構成要素をSpearmanの順位相関係数を用い,危険率5%未満を有意として検討した.<BR>【説明と同意】全例,研究に診療情報を利用することに同意を得た上で本研究を行った.<BR>【結果】各々の計測結果は肩甲骨上方回旋角度が51.7±6.3゜,肩甲骨挙上量が-6.0±16.9mm,鎖骨挙上角度が16.2±7.4゜,胸郭運動量が-6.6±13.6mmであった.各運動構成要素間での相関係数は肩甲骨挙上量と胸郭運動量でr = 0.70(p < 0.01),及び肩甲骨上方回旋角度と鎖骨挙上角度でr = 0.45(p < 0.01)となり,有意な相関関係が認められた.肩甲骨挙上量に対し肩甲骨上方回旋ではr = 0.07,鎖骨挙上角度ではr = 0.37となり相関関係は認められなかった.肩甲骨上方回旋角度に対し胸郭運動量ではr = -0.19,胸郭運動量と鎖骨挙上角度との間ではr = -0.20となり相関関係は認められなかった.<BR>【考察】肩関節挙上に関する報告は多いが,その際に胸郭がどのように機能しているかに関する報告は見あたらない。しかし,肩関節を構成している肩甲骨は胸郭に浮遊しており,また,鎖骨は体幹と上肢帯を結ぶ唯一の構成要素である。本研究の結果から肩関節に愁訴のない対象では胸郭の動きと肩甲骨の挙上に強い相関関係が認められ,挙上運動時に肩甲骨関節窩を上方へ向ける際,肩甲骨の上下方向の動きに関しては胸郭が下方に移動するにつれ肩甲骨も下制することが分かった。また,肩甲骨上方回旋角度と鎖骨挙上角度に相関関係が認められたことから,肩甲骨の上方回旋角度は鎖骨の動きが大きいほど大きくなることが分かった.本研究では鎖骨挙上に伴い上方回旋角度が増加していることから、肩鎖関節の可動性が円滑であると考えられ,肩鎖関節を支点に下角を前方に移動させて肩甲骨関節窩を上方に向けているため肩甲骨は下制方向に動いていると考えられる.また,肩関節挙上運動には肩甲上腕関節の機能に加え肩甲骨の様々な動きが関与するとされているが,肩関節挙上運動に伴う胸椎伸展時に体幹を固定するために胸郭の下方への可動性や機能が必要だと考えられた.本研究では胸郭は指標点を用いているため,胸椎や肋骨の動きを含めた検討が今後の課題ではあるが,肩関節の可動性を獲得するには胸郭の動きに伴う肩甲骨の可動性や肩鎖関節の可動性が関与することが示唆された.<BR>【理学療法学研究としての意義】臨床上,肩関節機能障害症例では主に疼痛と可動域制限が主訴となることが多く,正常から逸脱した動きを伴っている症例が多い.肩関節の運動分析による肩甲上腕関節や肩甲骨の動きの報告は散見されるが,診察時に通常行われているX線画像を用いての肩甲骨や胸郭の動きを検討した報告は少ない.本研究はまず,愁訴のないものを対象として各動きとその関係を検討することで,今後,症例がこれに対してどのように逸脱しているかを考えることで,臨床での治療へ応用できると考える.
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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