高齢者における身体能力の認識が転倒に及ぼす影響
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概要
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【目的】高齢者がつまずいて転倒を生じやすい原因の一つとして、身体能力の認識が論じられている。しかし、高齢者が持つ加齢による身体能力の認識への影響に関する研究は少ないのが現状である。本研究は、加齢による影響を考察する為に時間的な認識課題と空間的な認識課題を用い、若年者と高齢者におけるそれぞれの課題の予測値と実測値の差を計測して比較したものである。また、模擬的な障害物跨ぎ動作を行う事で、場面に応じて適切に発揮する能力を観察し、若年者との相違点を知る事で、高齢者がつまずいて転倒を生じやすい原因を検討する事を目的として行った。【方法】被験者は健常若年学生11名(21.2±1.3歳)及び地域在住の健常高齢者13名(70.2±5.0歳)であった。測定には、時間的な認識課題として、Timed "Up and Go" test(TUG)を、空間的な認識課題として、最大一歩幅(Maximum step length、MSL)及び最大側方一歩幅(Maximum side-step length、MSSL)を採用した。また、場面に応じた調整能力を検討する課題として模擬的な障害物跨ぎ動作(step over、SO)を採用し、模擬障害物の幾何学的認知も測定した。これらの課題は測定前に被験者に対して、検者による測定動作の見本を行い、十分に動作を理解してもらった上で、予測値の測定を行い、その後測定動作の練習は行わせずに実測値を測定した。予測値の測定は到達可能な最大距離を棒を用いて指し示してもらい、その距離を測定した。SOは被験者の右足趾先端から、身長の10%前方に障害物を置き、障害物の大きさを記憶してもらった後、障害物を取り除き、障害物をイメージさせ安全に跨ぐように指示をして課題動作を実施した。その後、イメージした障害物の幾何学的認知を測定した。各計測方法にて予測値、実測値を計測し、身体能力の認識誤差の指標として実測値より予測値を引いた値を身体能力の認識誤差の値(誤差)と誤差の絶対値を求めた。また、MSL・MSSL・SOは個人差による影響を無くす為、実測値を身長で補正した値も求めた。SOでは、身体各部に貼付したマーカの空間座標を、キッセイコムテック社製CCDカメラと動作解析ソフトウェア(Kinema Tracer)にて取り込み、足趾先端の軌跡を分析した。統計学的解析には、Microsoft Office Excel2007を用い、有意水準5%未満として若年者と高齢者の2群間の比較を行った。【説明と同意】実験に先立ち被験者に対して、本研究の目的、意義、実験上のリスクを十分に説明し、口頭及び文書による同意を得た。なお、本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った。【結果】TUGは絶対値にのみ有意差(p<0.01)が認められた。MSL及びMSSLは予測値・実測値・絶対値・補正値で有意差(p<0.05)が認められ、誤差は有意差が認められなかった。高齢者は予測値と実測値の間に有意差(p<0.05)が認められた。SO及び障害物の幾何学的認知は全ての項目において有意差が認められなかった。またSOにおける足趾先端の軌跡は、初めて右足趾先端が15cmの高さを超えた時の障害物先端との距離は有意差(p<0.05)が認められ、高齢者5名が障害物先端に到達する前に高さ15cmを超えていなかった。【考察】今回採用した運動課題の結果より、高齢者は若年者と比較して、運動の予測値との差が大きく、自己の身体能力を過大評価した。<BR>ヒトが運動を行う際は、外的環境からの情報と身体内部の情報を統合し、過去の経験の記憶と織り交ぜて運動の企画を行うとされている(伊藤、1989)。高齢者の場合は、加齢により情報量が減少し、さらに過去の記憶による誤った運動企画から、無理な動作を遂行し、転倒が生じる危険性が増加していると考えられる。本研究の結果でも、高齢者が過去の記憶から実際の能力より高い成績を予測した事で、過大評価になり実測値との差が大きくなったと考えられる。<BR>模擬的な障害物跨ぎ動作は、高齢者は若年者と同様に、障害物の幾何学的認知が行えており、安全に越えられる距離・高さも十分確保できていた。しかし、高齢者5名が足趾先端を障害物に引っかけてしまう軌跡を描いた。よって、足趾先端が障害物に触れる事で生じる転倒への影響は、障害物の認知よりも、想定した下肢運動の挙動と実際の運動の不一致が影響を及ぼす可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果、高齢者は若年者と比較して実際の身体能力より過大評価をし、予測値との間に大きな差が生じた。また、模擬的な障害物跨ぎ動作においては障害物の幾何学的認知に差はなかったが、足趾先端が障害物に引っかかる軌跡を描いた。これらより、本研究は高齢者がつまずいて転倒を生じやすい原因の1つである身体能力の認識に対する加齢による影響を解明する一助となり、転倒の危険性低下及び適切な転倒予防指導を行う上で有用な資料となる事が期待される。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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