力学的エネルギーの流れからみた椅子からの立ち上がり動作の成り立ち
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
【目的】<BR> 椅子からの立ち上がり動作(Sit-to-Stand:以下,STS)は両側の臀部,大腿後面,足底で作られる安定した支持基底面である座位姿勢から体幹を前傾後,身体重心を足部のみの狭い支持基底面に前方移動させ,それから上前方へ移動させ立位姿勢に至る動作である.STSの戦略には,力制御戦略,運動量戦略,上肢を使用した戦略があると言われている.その中でも健常若年成人が頻回に利用する運動量戦略では,体幹の動きをとおして生成された運動量が下肢へ移送され,身体停止させずに新たな姿勢へと滑らかに動くため,最も効率的な戦略であるとされている.これらの運動効率を示す分析法の1つに力学的エネルギーの流れがあり,この分析法はスポーツバイオメカニクスの分野にてしばしば用いられ,動作における各体節間で力学的エネルギーがどのように伝達されるかを把握することが可能であるとされている.そこで,今回は健常若年成人においてSTSを体幹および下肢の力学的エネルギーの流れから詳細に検討し,臨床への還元の可能性を探ることを目的として研究を行ったので報告する.<BR>【方法】<BR> 被験者は健常若年成人男性5名(平均年齢21.8±0.4歳)であった.課題動作は下腿長の高さの座面高をもつ椅子からのSTSとした.STS中の運動学データは赤外線カメラ8台を用いた三次元動作解析装置Vicon MX(Vicon Motion Systems社製)にて計測した.同時に運動力学データは床反力計(AMTI社製)4基を用いて計測した.マーカーは臨床歩行分析研究会の推奨する方法を参考にし,直径9mmの赤外線反射マーカーを身体各標点に貼付した.得られた標点座標データからVicon Body Builder(Vicon Motion Systems社製)を使用して10リンク剛体モデルを作成し,力学的エネルギーの流れの分析を行った.パワーは頭部,胸部,腹部,骨盤,大腿,下腿,足部の各体節間における体節間浸透力によるエネルギー変化(体節間浸透力パワー)と関節モーメントによるエネルギー変化(筋パワー)との合成パワーをそれぞれ算出した.なお,本研究では体節内の各部位は頭頂部から近い方を近位部,遠い方を遠位部と表現した.<BR>【説明と同意】<BR> 本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究の開始にあたり広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座の倫理委員会の承認を得た.また,被験者に対して研究の意義,目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得た後に実施した.<BR>【結果】<BR> 動作開始から臀部離床までの間に,前半では頭部・胸部・腹部・骨盤の各体節の遠位部で正のパワー,胸部・腹部・骨盤では近位部で負のパワーを生じた.後半では近位部で正のパワー,遠位部で負のパワーを生じた.各体節間のパワーは逆位相の変化を示しながらも絶対値はほぼ等しい値を示した.臀部離床前には大腿近位部と遠位部で正のパワー,下腿近位部で負のパワーを生じた.臀部離床後は頭部・胸部・腹部・骨盤・大腿・下腿の遠位部で正のパワーを生じ,胸部・腹部・骨盤・大腿・下腿・足部の近位部で負のパワーを生じた.このときの骨盤・大腿・下腿・足部間のパワーの絶対値は差を生じ,すべて遠位部が大きくなっていた.<BR>【考察】<BR> 力学的エネルギーの流れにおいて,正のパワーは隣接する体節からの力学的エネルギーが増加していること(流入),負のパワーはエネルギーが減少していること(流出)を示す.本研究の結果から,まず臀部離床までの体幹前屈運動において,骨盤の遠位部から力学的エネルギーが発生し,骨盤から頭部まで伝達され,その後,頭部から大腿まで伝達される.さらに各体節間のパワーの絶対値はほぼ等しかったことから,頭部・胸部・腹部・骨盤間の力学的エネルギーの伝達効率は高く,力学的エネルギーの流れを巧みに利用していることが示唆された.また,臀部離床前には下腿から大腿へ力学的エネルギーの伝達がみられた.これは頭部から大腿まで伝達された力学的エネルギーを受け止める支柱の働きであると考えられ,大腿に力学的エネルギーを集めることで殿部離床の課題を達成していることが示唆された.臀部離床後は足部から頭部へ力学的エネルギーの伝達がみられ,身体重心の上方移動に寄与していると示唆された.しかし,骨盤・大腿・下腿・足部間においては各体節間のパワーの絶対値には差を認めなかったため,力学的エネルギーの伝達効率は低くなっていると考えられた.<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究の結果より,STSでの各体節間で行われる力学的エネルギーの伝達状況を詳細に把握することが可能であることが示唆された.つまり,機能低下部位の特定および病態部の力学的ストレスを捉えることができ,そのような患者のデータの取得は理学療法の臨床へと還元できる可能性が期待できる.
- 公益社団法人 日本理学療法士協会の論文
公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
- 療養型病院における廃用症候群の予後予測
- 髄腔内バクロフェン治療(ITB)後の理学療法:―歩行可能な症例に対する評価とアプローチ―
- 理学療法士の職域拡大としてのマネジメントについて:―美容・健康業界参入への可能性―
- 脳血管障害患者の歩行速度と麻痺側立脚後期の関連性:短下肢装具足継手の有無に着目して
- 健常者と脳血管障害片麻痺者の共同運動の特徴:―異なる姿勢におけるprimary torqueとsecondary torqueの検討―