鏡の認知不能を呈した症例に対する認知運動療法
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概要
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【はじめに】鏡像に対し脳内にどのような認知過程が活性化するのかは明確でない。Ramachandran(1997)らは、右頭頂葉損傷による左半側無視症例を対象に、鏡を見ながら鏡に映る物体を取るように指示した際に、「物体が鏡の中あるいは後ろにある」などの言動や、鏡のほうへ上肢を向けようとする誤反応を呈する症例を経験し、左半側無視の新しい神経学的な兆候として「Mirror Agnosia」と報告した。今回、右頭頂葉皮質下出血を発症し鏡の認知不能を呈した症例を担当する機会を得た。身体地図の再構築と空間との相互作用に着目した認知運動療法を施行し、ADL及び鏡課題に改善を得たので報告する。【症例紹介】症例は67歳、女性。平成14年3月6日右頭頂葉皮質下の出血により発症、4月16日当院に入院、理学療法を開始した。【初期評価】Br.stageは上下肢・手指ともにVIであった。感覚は深部感覚に中等度鈍麻を認めた。高次脳機能検査においては、日本版BIT通常検査127点、行動検査80点で左半側無視ありと判断、心理判定員の高次脳機能検査において、構成障害、知覚消去現象、注意障害が指摘された。【鏡課題】課題は、鏡を見ながら机上に設置した数字の上に順番に重りを置くように指示を与え、その遂行時間を記録した。右側に鏡を設置し右上肢条件では、1分8秒で左上肢条件では9分18秒であった。左側に鏡を設置し右上肢条件では、1分18秒で左上肢条件では7分33秒で、課題続行が不可能になった。課題終了後、症例は「勝手に左手が鏡のほうへ動いてしまう」と述べた。【病態解釈】本症例は、到達運動の障害から頭頂葉での情報処理過程の異常により、角回で処理されるとする自己の体性感覚情報と対象物までの視覚情報との統合が困難であると考えられる。また、注意障害、消去現象により左側身体からの感覚情報の知覚能力低下があげられる。鏡像では脳内の認知制御に混乱を生じ、それらを制御する以前に視覚情報が優位となり、「勝手に左手が鏡のほうへ動いてしまう」という現象が生じていると解釈された。【認知運動療法】1)手関節・手指に対する触覚、位置覚、重量覚の識別 2)運動感覚情報記憶の時系列課題を用いた体性感覚情報の適正化 3)イメージ課題、を実施した。【最終評価】FIMにおいては77点が110点に向上した。日本版BITは、通常検査136点、行動検査79点であった。【鏡課題】右側に鏡を設置し右上肢条件では1分12秒で左上肢条件では1分38秒であった。左側に鏡を設置し右上肢条件では1分38秒で左上肢条件では3分14秒であった。【考察】左側からの感覚情報を段階的に照合させていくことで、脳内において身体運動を通した情報(身体地図)と環境における空間情報(空間地図)とを照合させる能力を再構築することができたと考えられる。
- 公益社団法人 日本理学療法士協会の論文
公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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