ランケとゲンツ
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
一八二七年の秋、ベルリンの若き歴史家ランケは史料研究のため、ヴィーンおよびイタリア諸都市の文書館や図書館をめぐる旅に出る。彼は同年九月末から約一年、ヴィーンに滞在する。この都市で、ランケに文書館利用のための助力をし、また現実政治についての目を養ってくれたのが、メッテルニヒの右腕としてヴィーン体制の中枢にいたゲンツであった。ランケの歴史学が原史料の批判的考察に基づくものであり、また彼の政治思想がこの南方研究旅行において基礎づけられることを考慮するとき、ゲンツとの出会いはきわめて重要な意義をもっている。
- 2012-00-00
著者
関連論文
- ランケにおける近代歴史学の確立 : 『近世歴史家批判』(一八二四年)を中心に
- ランケとヘーゲル
- マイネッケの歴史主義論における「ゲーテとランケ」
- マイネッケにおける第一次世界大戦の体験とランケ観の変化
- トレルチのランケ観について
- フューターの近代史学史把握について
- ランケ時代のフランクフルト・アン・デア・オーダーのギムナジウム
- 若きランケ : フランクフルト・アン・デア・オーダーのギムナジウム教師時代(1818-1825)
- レーオポルト・フォン・ランケの弟,ハインリヒ
- ランケとツキディデス
- 1918-20年のゴットフリート・トラウプ
- トラウプとの対比によるトレルチのヴァイマル期・右翼急進主義観
- トラウプの生涯と思想
- ドイツ革命の観察者としてのトレルチ
- ヴァイマル共和国初期の右翼急進主義とトレルチ
- ドレスデン教会大会(一九一九年)とトレルチ : 福音主義教会の再編成と保守主義
- トレルチとシュペングラー
- エルンスト・トレルチとエルンスト・ヘッケル
- エルンスト・トレルチと「自由と祖国のための国民同盟」
- トレルチとドイツ史学方法論争
- ランケとフランス七月革命
- エルンスト・トレルチとゴットフリート・トラウプ
- マルティーン・フォン・ナトゥージウスと社会問題
- トレルチの「教授資格請求論文」(一八九一年)について
- ヴァイマル共和国成立期の宗教教育問題とトレルチ
- ヤトー事件とトレルチ : 一九一一年を中心に
- ランケとペルツ
- ランケとゲンツ