大乗経典のチベット語訳が用いた言語の識別について
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概要
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デンカルマとパンタンマの両チベット古経録の間には,『阿闍世王経』(AjKV)に関する記述に大きな相違がある.すなわち,デンカルマでは中国より翻訳された経典とされているのに対して,パンタンマではインド語より翻訳された経典と記述されている.そこでいずれの経録の記述がより信頼できるものかを,以下の3つの視点から調査した.まず,チベット語訳AjKVのコロフォンに記載された2人の学者については,漢文蔵訳に携わった形跡は見当たらなかった.次に,AjKVに関する漢訳資料の検討によると,現存する三本の完本からの翻訳は考えられないが,経録などに記載のある「現存しない漢訳」からの蔵訳の可能性が僅かながらに残される.その可能性については,視点を変えて,現存するチベット語訳AjKVそのものの文体を分析するという視点から考える.すなわち,サンスクリット語と漢語での関係詞表現の有無に注目し,関係詞の有無が,チベット語訳テキストの原語の同定に有効な手段であると推測する.あいにく先行研究が見当たらないので,『富樓那会』と『金光明経』の2つの漢文蔵訳テキストを実際に調査した.その結果,両テキストには3種類ほどの関係詞表現を確認できたが,関係詞の全体的な種類や数などは,梵文蔵訳テキストと比べて少なく,特に「時を示す関係詞」が全く見られないことが確認された.一方,現存するチベット語訳AjKVには「時を示す関係詞節」が確認され,その他様々な種類の関係詞が確認されるので,現存するチベット語訳AjKVは梵文よりの翻訳であると考えられる.以上の検討より,現存のAjKVチベット語訳はパンタンマ記載のものと一致すると考えられる.一方,デンカルマ記載のものと現存のものとは一致せず,単なる記載ミスである可能性が高い.
- 日本印度学仏教学会の論文
- 2007-03-25
著者
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