アジア・ナショナリズムの勃興期における景観の役割 : 志賀重昂『日本風景論』と土屋健治『カルティニの風景』との視座の比較
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概要
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1894年に志賀重昂(1863-1927)によって書かれた『日本風景論』と, ほぼ一世紀後の1991年に刊行された土屋健治(1942-1995)の『カルティニの風景』とを用いて, 両者の視座の比較を行い, アジア・ナショナリズムにおける景観の役割を明らかにした。R.A.カルティニ(1879-1904, インドネシアの女性運動・女性教育の先覚者)の書簡集「暗黒を越えて光明へ』(1911年)と, 志賀の『日本風景論』とは, ほぼ同時期の出版物であり, ともに自国の風景について述べ, 自国民のナショナリズム形成に大きな影響を及ぼした点が共通している。 しかしながら, 両者の違いも大きい。志賀の『日本風景論』は, 日本の景観の他国のそれに対する優越性を説き, それゆえに他国を支配し得るという飛躍した景観論を唱え, 欧米列強の植民地支配に伍したアジアへの侵略を正当化する帝国主義的ナショナリズムへ, と国民を駆り立てる役割を担った。 一方, 土屋は『カルティニの風景』において, カルティニの景観記述を, 他国による植民地支配からの脱却を目指す人々に「うるわしのインドネシア」を認識させ, ナショナリズムの勃興を促す触媒的役割を演じた, と位置づけている。 この土屋の『カルティニの風景』は, 『日本風景論』に始まる国粋主義的な傾向の強い日本の景観論の流れに対し, 一種のカウンターとしての役割を果たす書である。我々は, 土屋の書を, 日本の景観論に国際的視野を与える, 画期的な書であると評価したい。
- 岩手県立大学の論文
- 2004-01-16
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