ピランデルロの作中人物ヴィタンジェロについて
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概要
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「一人であって、誰でもなく、十万人でもある」(Uno, nessuno e ceutomila)という異様な題名を持つピランデルロの長篇小説はヴィタンジェロ・モスカルダという人物の自伝的な反省録の形式で書かれた作品である。ピランデルロ研究家の一人であるアルミーニオ・ヤンネルによれば、それはかってイタリア語で書かれたことのある最も特異な長篇である。形而上的であると同時に現実的で、作者の鋭い論理が全篇を貫いている。それは決して通俗的な小説とは言えない。芸術としての価値も否定されるかも知れない。しかしその中に表現された作者の思想は不思議な魅力を持っている。それは彼の他の長篇の中では感じられないような魅力、神秘的な思想の魅力である。この長篇は、同じく人格のテーマを扱った短篇「ステファノ・ジョーリ、一人で二人」(一九〇九年)が出された翌年、即ち一九一○年頃に書き始められたものであろうと推測されている。完成されたのは一九二四年、発表されたのは一九二五年から一九二六年にかけてである。一九二五年という年は、ピランデルロがローマに彼の芸術劇場を創設した年であり、劇作家としての彼の活動がその頂点を極めた年である。彼は既に「作者を探す六人の登場人物」(一九二一年)や「エンリコ四世」(一九二二年)などの大作のほかに幾多のすぐれた劇作を発表し、劇作家としての彼の名声は既に世界的になっていた。そういう時期に「一人であって、誰でもなく、十万人でもある」という謎のような長篇が発表された。第一次大戦の前から、大戦の時期を通じ、また劇作の多忙な時期を通じて、約十五年という長い年月がこの長篇のために費されたことを思えば、如何にそれがピランデルロの執念の作であったかが容易に想像されるであろう。この長篇については、それが未だ完成される以前に、既に一部の人々の間には知られていた。一九二二年に「エポカ」誌のためにピランデルロと会見を行ったディエーゴ・マンガネルラに対して作者は次のように語った。「それは私の劇作への序文となる筈であったが、その要約として終るであろう。それは個人の人格の解体の物語である。それは最も極端な結論、最もかけ離れた結末に到達するであろう。」この作品は個人の人格、即ち我(われ)の追究である。彼の全作品はこの我の追究ということもできる。「個人の人格の解体」はその追究の結論である。「一人であって、誰でもなく、十万人でもある」という題名はその人格の解体を説明している。
- イタリア学会の論文
- 1968-01-20
著者
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