日本のヒューマン・キャピタル・クライシス : 先進諸国の『人的資本力』問題に関するノート No.1
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概要
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「人的資本(human capital)」とは1960年代、主に経済学者Schultz,T及びBecker,G(いずれもノーベル経済学賞受賞者)を中心に展開された概念で、現在に至るまで経済に内生的成長をもたらす原動力・不可欠な成長要因として重視されている。OECDでは、この「人的資本」を「個人に内在化された知識・技能(スキル)・能力(コンピテンシー)・諸属性で、個人的/社会的/経済的な幸福(well-being)を増進するもの」(OECD、2001)と幅広く捉えており、教育等人的資本への投資を、雇用促進・格差不平等是正のための重要な戦略として位置付けている。しかし日・米・欧州など先進諸国では、現在に至るまで、各国毎にばらつきはあるものの共通して、下記に示されるような「人的資本」の順調な成長を阻害し、鈍化停滞させ、或いは毀損破壊する様々な問題に悩まされてきている。即ち個人/家族/社会の分野に広汎に生じた諸問題=顕著な少子化の持続、育児・保育過程での諸暴力増大、教育・学力悪化問題、若年層の非労働力化(ニート・社会的ひきこもり等)、各年代層に増加したメンタルヘルス障害・危機等=である。これらは人的資本のフロー・ストックにダメージを与え、しかも「人的資本」を形成し、その拡大発展や再生修復を支え、推進していく力・ダイナミズム(『人的資本力』と仮称)を、長期的に減退させる「構造問題」となってきている。経済社会の高度化・グローバル化が進行する中で、「人的資本」投資の重要性への認識が昂進(IT・知価創造革命への対応や、教育の早期化・生涯教育の重視等)する一方で、構造問題は容易に改善せず、むしろ一部の国では、「人的資本」や『人的資本力』を示す諸指標の悪化が続き、「構造問題」が構造危機化するに至った。特に日本では、「人的資本・人的資本力」が、危機に陥りつつある兆候を示す諸事件・問題が急増してきたが、これは上記の「構造問題」が同時並行的に進行し、他の先進国比でも急速に深刻化したためと見られる。そこで平成不況を脱却した前後から、各方面の危機感が一段と高まり、実態解明と原因追求、解決・対応策の模索、効果的な政策提言などを巡って、論議が白熱してきている。教育機関として「人的資本」形成の一角を支えていく大学に身を置く者としても、こうした「人的資本・人的資本力」問題・危機は、避けて通れない重い課題と考える。昨今の日本における『人的資本力』諸問出とは、a.『人的資本力』(ダイナミズム)自体が衰えてきていることに起因するのか、或いはb.「人的資本」を取巻く外的環境の複雑化・高度化・加速する変化による、圧力増大(これに『人的資本力』が有効に適応し得ない)のためか、それともc.これまで十分に解明・解析されていなかった『人的資本力』阻害要因が、特定化・可視化されてきた結果であるのか、について、先行研究や文献を踏まえつつ極力理解を進めていきたい。本稿ではまず「序章」「第1章」「第2章」にて、『人的資本力』(仮称)概念の展開、日本を始めとする先進諸国『人的資本力』問題について3つの位相を軸とした整理、そして筆者が設定した問題意識の説明を行なうことと致したい。
著者
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