『ジャングル・フィーバー』に見られる友好的な人間関係形成の方略としてのコード・スウィッチング(岸英司名誉教授追悼記念号)
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概要
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本稿は,Yamane (2006)に続く,アフリカ系アメリカ人女性の発話に関する社会言語学的研究の一部である。社会言語学は,言語と性,言語と民族性という2つを研究の中心として発展してきた。しかし,この両方の観点から統一的に分析されるべき研究対象があるにもかかわらず,そこに目を向けた研究はあまりない。このアフリカ系アメリカ人女性の発話も,女性の発話であるとともにアフリカ系アメリカ人の発話でもあるいう点で,言語と性,言語と民族性の両方から分析しなくてはならない研究対象の1つである。Yamane (2006)では,このような観点から彼女らの仲間内の会話に見られる短い言葉のやりとり(call-and-response)を取り上げ,その機能について考察した。本稿では,さらにこの研究を深めるべく,彼女らの発話に見られる標準英語からアフリカ系アメリカ人英語(AAVE)へのコード・スウィッチングに注目し,それがどのような役割を果たしているのかを明らかにしていく。データは,スパイク・リーの1991年の映画『ジャングル・フィーバー』の「軍事会議」の場面から採取したものである。ここでは,仲の良い5人の黒人女性が,このうちの一人の黒人女性の夫(黒人男性)が最近***をしているようであること,また,白人女性にとって黒人男性は非常に魅力的に見えることなどについて議論する。他の場面では,たとえ家族をはじめとする黒人どうしの会話であっても,アフリカ系アメリカ人英語をほとんど用いない彼女らも,この場面では,標準英語にかわってこれを多用している。韻律的特徴や呼称はもちろんのこと,アフリカ系アメリカ人英語の特徴である様々な形態統語的特徴-多重否定,be動詞の削除,人称と時制を無視して統一的に用いられるbe,3単現の-sの欠如,存在文におけるitの使用など-が見られるのである。このアフリカ系アメリカ人英語の使用は,確かに,対話における感情の高揚や話し手の個性と相関しているのだが,それだけではない。これを共に使用することで,黒人男性と白人女性を共に敵とみなし,黒人女性としての自分たちのアイデンティティーを表現しながら,強固な仲間意識を形成していると言える。仲間内の会話に見られる短い言葉のやりとり(call-and-response)同様,このような語彙的・文法的操作によっても,彼女らは,自分たちの思いを自由に,そして,思い切り表現する,自分たちだけの場というものを創造しているのである。
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