水死 : 『ブリッグフラッツ』と海(II)
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概要
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前稿に引き続きバジル・バンティングの『ブリッグフラッツ』における錯綜した間テクスト性について考察する。特にわれわれが注目したのは、この詩の第二部にある、溺死した船乗りに捧げられた「挽歌」である。そこには、古ノルド語で書かれた詩篇からの作詞法上の影響が見られるだけでなく、その内容においてもノーサンブリア王国との関連、およびその歴史的・文化的コンテクストがはっきりと現われている。しかしそれ以上にこの一節は、この詩が「水死」(death by water)という主題を挽歌風に─死者への手向けの歌として─扱うイギリスの詩と詩人の長大な系譜に属していることを、ジャンル、トポスそして語彙の水準で示している。『テンペスト』と『リシダス』からワーズワースを経てテニスン、ロングフェローに至るこの主題の発展を辿ってみると、ビクトリア朝時代の詩人たちのうちにこそこの主題の最も完成された表現が見いだされることが分かる。海とそこに潜む危険は19世紀詩における常套句である。このことは、イギリスの詩についてだけでなく、フランスの詩についても当てはまる。本稿ではこの点に関して、ボードレールとその後を継ぐ象徴派詩人たち、なかでもランボーとコルビエールを取り上げて概観する。 コスモポリタンたるバンティングはこの二つの系譜─フランスとイギリス─に連なる。しかし、それは、ジョイスがそうであり、またより徹底したかたちでエリオットがそうであったという意味においてである。「水死」という主題は、エリオットの強迫観念であり(ということは、エリオットもまた19世紀のイギリス、アメリカそしてフランスにおける彼の先駆者たちの「影響の不安」に憑かれていたのだが)、バンティングの『ブリッグフラッツ』にも暗い影を投げかけている。エリオットをその典型とするモダニスト的詩学の複雑で混成的な間テクスト性を検証することによってのみ、そして、バンティングに及ぼしたエリオットの影響の性質と範囲を画定することによってのみ、われわれは、バンティングが「遅れてきた者」として直面せざるをえなかった詩的ジレンマを理解し、モダニズムの伝統のなかでの彼の位置を測ることができるのである。本稿でわれわれが試みたのは、バンティングを『ブリッグフラッツ』の創作へと駆り立てたこの個人的なジレンマに分析の光を当てることによって、バンティングの挽歌のまっただなかに死して横たわるあの名付けようもない形象の正体を明るみに出すことである。
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