手形善意取得法理の基礎 : フランス法特にジュネーヴ統一法導入以前の破毀院判例を素材として
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概要
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はじめに 手形法一六条二項は「事由ノ何タルヲ問ハズ為替手形ノ占有ヲ失ヒタル者アル場合二於テ所持人ガ前項ノ規定二依り〔裏書連続ある手形の占有によって〕其ノ権利ヲ証明スルトキハ手形ヲ返還スル義務ヲ負フコトナシ但シ所持人ガ悪意又ハ重大ナル過失二困り之ヲ取得シタルトキハ此ノ限二在ラズ」と定める。この規定は動産における民法一九二条のごとく、証券占有の公信力を基礎に、無権利者から権利を譲渡された者が権利を有効に取得できる制度、すなわち所謂「善意取得」として説明される。手形が流通の場面で動産と同一の扱いを受け、両者の善意取得の構造も同一であれば、手形法一六条二項は民法一九二条の「特則」であろう。しかし、わが民法における動産は有体物に限定され、無記名債権だけが動産として扱われる可能性があるに過ぎない。また、手形法一六条二項は、法文の体裁としては客体への権利取得そのものに触れておらず、動産の即時取得との構造の同一性は必ずしも自明ではないとも考えられる。ところで、ジュネーヴ統一手形法を国内法化する一九三五年デクレ=ロワによる商法典改正以前のフランス法には手形善意取得の規定が存在しなかった。一八〇四年民法典の即時取得に関する二二七九-二二八〇条の規定の適用は、「有体的動産」に限定され、「無体的動産」に含まれる指図式の手形には適用できなかったので、無記名式以外の手形・小切手その他の証券的債権に関しては、善意取得の根拠条文が存在しなかったことになる。それゆえ当時の学説のなかでは指図式手形の善意取得を認めない立場が有力でさえあった。しかし、破毀院判例の中には反対に善意取得を認めるものが現れ、学説もこれを支持しはじめる。そこでは、民法典二二七九-二二八〇条は直接には問題にならず、「独立の原則」という呼び名が用いられていた(統一法導入後は、統一法一六条二項と同文の一二一条二項が根拠規定になるが、なお動産即時取得との関係については学説・判例上、言及されることがほとんどない)。注目すべきは、このように経験的に手形善意取得制度を発展させてきた判例においても、動産即時取得を要件の面で模倣しているかのような表現が見られる点である。本稿では右商法典旧規定の時期におけるフランス法の理論状況と、判例の推移を紹介し、手形善意取得制度の理論的基礎について考察したい。
- 山形大学の論文
- 1996-03-12
著者
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