『秘密曼荼羅十住心論』の第六往心について
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概要
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弘法大師空海の主著である『秘密曼荼羅十住心論』及び『秘蔵宝鑰』は,真言密教の立場から菩提心の諸相を扱う著作であると解釈しえる.そのような観点から,空海が構想した心の十種の様相の中で,「他縁大乗住心」という法相の教えにあたる第六住心の意味や功用を考察して行きたい.1.「他縁大乗住心」は,『秘密曼荼羅十住心論』の主な典拠である『大日経』の「住心品」における「無縁乗心」という概念にもとづくのではなく,『大日経疏』に説かれている梵語の"apara"の「無縁」と「他縁」の二つの意味の中の「他縁」の義にもとづいて名づけられている.第六住心を大乗の定型的な「世俗菩提心」の意義を持つ「他縁乗心」の概念で強調する理由は,小乗に対して「他」に対する慈悲や菩薩の行願を非常に重要な精神的な展開を表すためと思われる.十住心の中に第六住心の功用は,次の段階において,深甚に空性を悟り,さまざまな方便にもとづく行動ができるように,堅固な菩薩の基本的な心の功徳を形成することである.2.このような構成において,空海は,法相の教えを伝統的な菩薩行の代表者として取り扱い,『成唯識論』や『十地経』等を以て,三無数劫を経る菩薩行の典型としている.法相宗の阿頼耶識や三性等という認識論的・存在論的な概念は言及しない.空海は,法蔵や澄觀等の中国華厳の諸法師と同じように,法相の教理は主に現象世界を分類し,三論等の教理は主に実相として空という第一義諦を説くと理解しているといえよう.そこで,法相を実践的な側面から解釈し,最初の大乗法門として第六住心に相当することにしたと思われる.3.第六住心の箇所において,『菩提心論』にもとづいて三無数劫を経る菩薩の波羅蜜等の修行を批判し,「即身成仏」を標傍する真言理趣の優位性が示される.具体的に第六住心の「普遍大慈発生三昧」の密意を挙げ,大乗住心等において初めて,修行者自身が菩提心の多様な顕現であるという『秘密曼荼羅十住心論』の深意が示されると言える.
- 2006-03-25