Mahayanasutralamkaraにおける幻喩の二つの側面
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概要
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Mahayanasutralamkara (MSA,『大乗荘厳経論』)第XI章に説かれる幻(maya)の喩えは,同論書の三性説の論述に関して主要な役割を担うものであるが,本論文ではそれに対する諸註釈,さらに当該論書と同じく初期瑜伽行派に属する諸文献,特にMSAと思想的関連の深いMadhyantavibhagaにおける幻喩の用例を含めて詳細に再検討する.その結果として以下のことが指摘できる.MSAにおいては,mayaに(a)「迷乱の根拠」という側面と,(b)顕現はしているがその通りには存在しないものという側面が見られる.その中でも(a)の観点を取り入れる解釈はMSAに特徴的であると言える.同時にMSAは(b)の観点からもabhutaparikalpaを位置づけているが,この解釈の方が初期瑜伽行派におけるより一般的な理解であって,註釈家たちもMSAの表現を尊重しながらこちらに沿った形で,統一的に解釈しようとしたと考えられる.
- 日本印度学仏教学会の論文
- 2006-03-25
著者
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松田 訓典
東京大学東洋文化研究所
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松田 訓典
Tokyo University
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松田 訓典
Institute For Advanced Studies On Asia University Of Tokyo
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