バルザック作『従兄ポンス』の翻案について
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概要
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バルザックの小説『従兄ポンス』(1846年) は、これ迄に三度しか映画や芝居に脚色されてこなかった。それらはアルフォンス・ド・ローネの戯曲 (1874年) とジャック・ロベールの映画 (1924年) とジャン=ルイ・ボリーのテレビ映画 (1976年) である。ジャック・ロベールによる『従兄ポンス』の映画化について、我々は既に別稿で論じており、本稿では戯曲とテレビ映画を取り上げ、バルザックの原作がどのように翻案され、受容されていったかを知る目的で考察を進めた。クリューニ劇場で上演されたアルフォンス・ド・ローネ作5幕の翻案劇『従兄ポンス』では、登場人物だけでなく、筋の展開の面でも、原作がかなり改変されている。バルザックが描いた作中人物たちの中から10名程は省き、そのかわりに新たな人物としてオルガや公証人のエヌカンを創作している。老音楽家ポンスとシュムケが勤める劇場の下働き人トピナールの幼児オルガが、戯曲では少女に成長した姿で登場し、父親亡き後ポンスとシュムケのもとに引き取られ、作品の中で重要な役割を演じることになる。裕福なドイツ人ブリュンナーについて見ると、セシル・ド・マルヴィルと見合いをし、彼女が一人娘であることを理由に結婚を断るところまでは原作と同様である。戯曲では、その後彼がオルガと親密になり、ポンスの最後の願いを受け入れて彼女に結婚を申し込む場面が挿入されている。シュムケも原作とは異なり、彼のフランス語にはドイツ語の訛りが見られず、しかも自らの意思を自由に述べている。ポンスの莫大な遺産を狙う貪欲な人物たちの動きは原作を踏襲しているが、戯曲の大団円は小説とは全くかけ離れたものになっている。ブリュンナーが弁護士フレジエの裏をかいて、彼の友人である公証人エヌカンに依頼してポンスの遺書の作成に立ち会わせていた。その遺書のお陰でシュムケはポンスの遺産を全て相続することができ、ポンスを苦しめたマルヴィル夫人たちに何も略奪されずにすむ。シュムケは最後に「ポンス・お前の仇を討ったぞ」と叫ぶ。レモナンクとシボ夫人は、仕立て人のシボを毒殺した廉で逮捕される。つまり、勧善懲悪をテーマとした古典的メロドラムの影響が色濃く感じられる結末を迎えているのである。主役を演じた俳優の演技や演出を称賛する劇評が多く見られるものの、上演当時の観衆の好みを重視しすぎたこの脚色は、社会階級の仕組みや庶民の悲惨な生活をありのままに描き出そうとしたバルザックの意図を忠実に再現しているとは言い難い。ジャン=ルイ・ボリーのテレビ映画にも原作中の人物が何名か現われないが、新たに創作された登場人物は一人もいない。バルザックが描いたごとく、ポンスがマルヴィル夫人に贈った高価な扇が作品のヒロインであることを明示すべく、脚色家はマルヴィル一家がその扇を話題にする場面をフィルムの前半に挿入する。さらに最終場面ではその扇の由来を招待客に説明する夫人の姿を描出した後、扇だけを最後までクローズアップする手法を用いている。シボ夫人がポンスの遺書に自分の名前を書き入れてもらい、いずれ安楽な生活ができるかを占い師のフォンテーヌ夫人に尋ねる場面は、原作にそって詳細に映像化しており、聴衆の興味を引く工夫を凝らしていることが判る。また、ポンスの私設美術館に忍び込むレモナンクやフレジエの様子、さらにポンスの死の直後に彼の部屋に集まってきた葬儀屋たちの動き等もカメラが丹念に追っている。ポンスの遺産は原作どおりにマルヴィル一家の手に渡る。ドイツ語訛りのフランス語を話すシュムケがフレジエたちの策略によってポンスのアパルトマンから追い出されるところまでは画面で見ることができるが、その後彼がトピナール一家と出会って最後の安らぎを得る場面は割愛されている。シボ夫人とレモナンクがどのような晩年を送ったかは語られていないため、視聴者はフォンテーヌ夫人の予言からシボ夫人の運命を想像するしかない。フレジエは自分が予審判事に出世するといってシボ夫人を脅しているが、彼の仲間であるプーラン医師の将来は不明なままに終わる。このようにポンスが死亡した後の他の登場人物の様子は、マルヴィル一家を除いては何も語られていない。とはいえ、時間的・空間的に制約の多いテレビ映画という表現手段をとおして、脚本家と映画監督はバルザックの小説『従兄ポンス』の主要な箇所を巧みに再現していると言える。原作を読んでいない視聴者にとっても、この作品のテーマは理解できるのではないだろうか。批評家は、俳優たちの演技に対して好意的な評価を下している。アルフォンス・ド・ローネ作5幕の翻案劇とジャン=ルイ・ボリーのテレビ映画の分析をとおしてバルザックの小説作品の翻案について考えてみると、今後それが成功するか否かは、各時代の嗜好を反映したテーマの選択にかかっていると言えるのではないだろうか。
- 2004-03-31
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