同一基礎集団より乳癌の発生能を指標として確立された2つの近交系マウス(SHN, SLN)の特性の比較とその利用 : Autobiographic Research Review
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概要
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著者によって作出された乳癌高発および低発系マウス(SHN, SLN)における[I]確立の経緯,[II]特性の比較,および[III]各系統の実験モデルとしての利用とその意義について著者の研究室における成果を述べた。[I] 両系統マウス確立の経緯 : 国立がんセンター研究所で閉鎖集団として維持されていたスイスアルビノマウスを基に,1964年より2方向への選抜近交を行なった。すなわち毎世代,高発系では6ヶ月齢以前に乳癌を発生した個体の子を,また低発系では8ヶ月齢以降に発癌したか,あるいは終生発癌しなかった個体の子を兄妹交配した。その結果,1976年にそれぞれ近交系として国際登録された。SHNの未経産個体では4〜5ヶ月齢より発癌しはじめ,10ヶ月齢で50〜100%の発生率を示す。経産個体では発癌月齢が若干早まる以外は未経産個体と同様である。一方,SLNの未経産個体では7〜10ヶ月齢で発癌が始まり,20ヶ月で約50%,マウスの寿命とも考えられる24ヶ月以降での発生率は70〜80%である。経産個体では発癌ポテンシャルは著しく上昇する。[II] 両系統マウスの特性の比較 : 雌の正常乳腺の発育,前癌症状(HAN)の形成や増殖,乳癌ウイルス(MTV)活性,繁殖性,ホルモン,その他の刺激物質に対する乳腺細胞の反応,細胞性免疫機能,TGFα,EGFRの乳腺における発現,肝および乳癌における癌抑制遺伝子(p53)の変異などにおいてSHNはSLNより優位,もしくは大きかった。しかし雄では雌とは逆に正常乳腺の発育やホルモンに対する反応性はSLNがSHNより優位であった。雌雄とも成熟後の体重,肥満遺伝子産生物質(レプチン)の血中レベル,活性酸素分解酵素(SOD)活性ではSHNはSLNより低かった。一方,PRLの血中レベル,血液および尿成分,摂餌・摂水量,自発行動量には雌雄とも系統間に明らかな差は見られなかった。これらの結果,乳癌の発生能による選抜が,直接密接な関係にあるパラメータはもちろん,その他のパラメータに対しても乳癌の発生や増殖に有利なように作用したことは当然であるかも知れないが興味あるところである。測定されたいくつかのパラメータにおいて雄では雌と反対の傾向を示した。その理由は明らかでないが,遺伝的に全ての形質の1/2は雄に負うているのであるから,この結果は興味ある知見である。我々が得る実験成績の少なくともあるものは雌と雄の遺伝的対立(拮抗)の結果であろうことは示唆的である。[III] 両系統マウスの実験モデルとしての利用とその意義 : (1) SHN : (a) 乳腺(乳癌)に対するホルモンの相互作用:上述のようにホルモン,その他の要因に対する乳腺の感受性の高いSHNは乳腺刺激因子の微妙な作用を検討するのに適している。ホルモンはそれぞれ独立でなく,相互に密接な関連の下に機能を発揮している。したがってSHNの特性を利用して乳腺(乳癌)に対するホルモン,とくにプロラクチン(PRL),成長ホルモン(GH),エストロジェン(E),プロジェステロン(P),甲状腺ホルモンの相互作用を検討した。可能なかぎり生理的条件下でのホルモンの働きを検討するため,内分泌器官除去-ホルモン投与などを避け,それぞれのホルモンの分泌を調節する因子を投与することによって実験を行い,多くの興味ある知見を得た。これらの乳腺(乳癌)に対するホルモンの多様な作用についての系統的,かつ詳細な研究は,後年の成長因子あるいは癌遺伝子産生の内分泌支配,これらの因子の標的器官に対する作用機構,ホルモンとの相互関係などに関する研究の基礎をなすものである。著者らもPRLとEを中心にTGFαおよびそのレセプターであるEGFRの内分泌支配について検討した。(b) 生薬類の作用と機構:最近,化学合成薬品の薬効の限界と副作用が問題となり,それとともにいわゆる漢方薬の効用が世界的に再認識され,臨床にも広く用いられるようになった。またこれら漢方薬の構成分としての生薬は一般に副作用も少ないため健康食品(飲料)や機能食品などにも用いられている。しかしこれらの全てはいわゆる中国三千年の経験に基づくものでその処方の根拠や作用機序についてほとんど不明である。我々はいくつかの天然生理活性物質,生薬類,漢方薬,和漢薬を用いてそれらの薬効と処方の根拠を,乳腺(乳癌)と子宮腺筋症を対象に検討した。その結果,多くの生薬類は体機能の正常化(normalization/homeostasis)に作用するものであり,またこれを目的に漢方(和漢)薬が処方されていること,およびこれらの長期経口投与は全く支障のないことなどが明らかにされた。(c) 遠赤外線の効用:高い熱透過性をもつ電磁波の一種である遠赤外線(FIR)の生体に対する作用が最近とくに注目され,科学的アプローチがなされていると同時に,患部を高温に保ついわゆる温熱療法にFIRの適用も試みられている。我々はFIR照射やFIRを熱源とする全身温熱療法(WBH)の癌の治療・予防,ひいては健康維持に関する広範な研究を行っているが,FIR,WBHとも,実施条件によっては,乳癌の発生,増殖を顕著に抑制し,また生体の正常化維持を通じての延命効果も認められている。(d) 癌の転移モデル:乳癌の最も深刻な問題は肝,肺,リンパ,骨などへの転移である。SHNは確かに乳癌のよいモデルではあるが,その転移の低いことがモデルとしての限界と考えられていた。しかし発生した乳癌をその都度外科的に除去することによって延命を図ったところ,最初の発癌から3ヶ月で主要転移先である肺への転移率は0%から30%以上に上昇し,簡単な乳癌除去手術によって,SHNは移転の研究にとっても十分価値あるモデルとなることが知れた。(e) ヒト遺伝子導入:ヒトの疾患に対する遺伝子の関与が知られるようになり,この遺伝子を導入されたマウスを疾患モデルとして用いることによって,従来より正確にヒトの疾患の成因や経過,ひいては治療,予防についての情報をえることが可能となる。このような観点から我々はヒトGH遺伝子,あるいはヒトTGFαをSHNマウスに導入し,このトランスジェニックマウスの種々の特性と疾患モデルとしての有用性を検討した。それと同時にこれら導入された遺伝子の消長を検討したところ,いずれの遺伝子も導入後3〜4代で発現が見られなくなった。これら遺伝子の伝達と発現能にはマウスの系統差が存在すると同時に,動物自身にこれら外来遺伝子を異物として排除する本性のあることが示された。この事実はクローン動物,遺伝子組み替え食品,遺伝子治療などの限界を示唆するものである。(f) 実験動物の多面利用:効率よい動物実験,および動物福祉の観点から実験動物の多面利用が主唱されている。この点,SHN雌マウスは乳癌のはか,子宮腺筋症,および膵腫瘍を高率に発生し,さらに高血糖(糖尿)傾向のあることが見出され,多面利用の目的からのみでなく,同一動物でそれぞれの疾患の発生・増殖の機構を知ることによってこれら疾患の共通の背景についても多くの価値ある情報を得ることができた。(2) SLN : (a) 発癌機構の解明,発癌因子の検索:これらの目的のためには発病率の高くない,しかし条件によっては確実に発癌するモデルが必要である。この点,無処置では14〜15ヶ月齢で10%前後の乳癌発生率であるが,処置によっては発生率の上昇するSLNはきわめて適切なモデルといえる。この特徴を生かして,まず免疫抑制剤が条件によっては癌の発生を促進させることを見出し,臓器移植などのための免疫抑制処置が一般的な感染過敏のほか,患者の条件によっては発癌促進的に作用する危険性のあることを示唆した。また発癌因子(PRL)の作用は動物の加齢に影響ないことを明らかにした。さらにコーヒーなどの主成分であるカフェインがHANの形成,ひいては乳癌の発生を促進させることを明らかにした。(b) 繁殖と乳癌発生との関係:出産(流産)および哺乳経験,初産年齢などと乳癌のリスクに関するヒトでの疫学的情報は多いがその原因についてはほとんど不明である。SLNのF2〜30におけるデータを用いて乳癌の発生率,発癌月齢と繁殖パラメータの間の相関を求めたところ,泌乳能力と発癌率の間に高い正の相関が得られ,乳腺の実質量が乳癌発生にとって重要な因子であることが知れた。(c) 肥満モデルの作出:肥満者は健常者より短命であること,また肥満は種々の疾患の誘因であることが指摘されている。(SLN雌×C3H/He雄)F1は雌雄とも肥満になること,雌では乳癌および子宮腺筋症の発生の促進されることを見出し,さらに肥満の生理・生化学的特徴を解析すると同時に,肥満防除のための生薬の効用を検討した。(3) SHNおよびSLN : (a) ホルモンの経胎盤的影響:1970年代のはじめ,米国においてふつう50歳以上に発生する子宮頚癌が10代の女子に多発した原因が,流産防止の目的で妊娠中に母親に投与された合成Eが胎盤経由で胎児に影響したためであることが明らかになり,女性***に対するこの方面の研究がさかんに行われた。その一環として我々は乳癌に対する性ホルモン(EあるいはP),およびいくつかの物質の経胎盤的影響を検討した。一例をあげれば,SHNを用いた研究では,成人に対しては無効なホルモン様物質も胎児には影響を及ぼすこと,SLNでは母親がホルモンを受ける時期が重要で,それによって胎児への影響の異なること,および彼女らが成人してから受けるEの関与などが検討された。これら一連の研究は最近とくに話題となっている内分泌攪乱物質(環境ホルモン)に関する諸々の実験の端緒をなすものである。(b) 男性乳癌のモデル:ヒトの男性の乳癌発生率の低いこともあってその実験モデルは皆無であった。我々は3〜4ヶ月齢の両系統の雄マウスに下垂体を移植して体内のPRLレベルを慢性的に高めることによって8〜12ヶ月齢までに50%の個体に乳癌を発生させることができた。この乳癌はヒトの場合と同じくB型腺癌で,乳癌ウイルス,EあるいはPレセプターを有しており,ヒトの乳癌において得られた情報と共通するところが多く,このPRL誘発雄乳癌のヒト男性乳癌のモデルとしての有用性が強く示唆された。
- 2000-11-30
著者
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