国家統合のための言語の役割
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
本稿ではBenedict Anderson (1983)が定義づけたように,国家を「想像の共同体」と捉え,国家帰属意識や国家アイデンティティーを構築していく過程で,言語がどのような社会的役割を果たしてきたのかを考察した。まず第1章では,言語と現実認識の関係について扱った。唯名論(nominalism)や,サピア及びウォーフによる,言語相対論(linguistic relativism)を取り上げ,言語には,私たちを取り囲む現実を理解する助けとなる認識的効果がある反面,私たちの思考を規定し,時にコントロールする危険性を伴う働きがあることを述べた。時の指導者は,言語のこのような思考操作的機能を用いて,戦争時等,国家の統合や動員が必要な際に,望むべき方向に民を密かに導いてきたのである。唯名論や言語相対論は,言語と現実認識の関係を明示した先駆的功績であるものの,一方で,言語には,ダイナミックで,複雑・混成的な面があることや,時と共に変化していく面があることを軽視している傾向があり,これらを批判点として述べた。第2章では,言語,特に新聞を中心とした活字が,国を統合し,ナショナリズムを育むために,どのように役立ってきたかを述べた。Andersonが,国家を「想像の共同体」と呼んだように,本来斯く,抽象的理念であるものを,具現化していくためには,共同体に属する者たちの共通のシンボル(a pool of symbols; Brass 1974)を意識させ,「個人的には知らずとも自分と同じような人間の多数同時的存在」を,国家的な活字(national orint language)である新聞等を媒介として,広げていくことが必要であった。たとえば19世紀のヨーロッパにおいて,それまで絶対的であったラテン語が諸国のことば(vernacular)にとって代わられていく過程で,諸国における新たな国家的な活字は,資本主義の波にのり新聞等のメディアを通して流布し,近代国家アイデンティティーの形成に大きな役割を果たした。このように国家アイデンティティーの形成とは,国家について共通あるいは類似した考えやシンボルを内面化することで,民を社会化していくことである。ナショナリズムの構築とは,斯く内部の類似関係の誇示と併設して「私たち」以外のもの,ないしは外部者への差異を形成していくことでもある。「われわれ対彼ら」,「善玉対悪玉」のように,人為的に対比関係を表出していくフィクションの創設でもある。第3章では,差異構築のための具体的な言語使用の例として,隠喩(metaphor)を主に考察した。野獣,侵入者,有害物といった悪のイメージを「彼ら」や「彼ら」を使用対象とした兵器等にラベリングすることにより,「自分たち」と「彼ら」の対比関係を明らかにし,「われわれ」の社会的結束をはかっていく。これは,抽象性の高い隠喩的言説に基づいており,時には内部的な矛盾を外部化する過程でもある。まとめるに,共同体や国家という「幻想」が成立し,存続するためには,内には共通のシンボルやエートス,外には,異質な差異的存在を捻出し,その言説を常に,国家的言語の力によって,発信・流布し続けることが求められるのである。
著者
関連論文
- 国家統合のための言語の役割
- 観念構成的比喩について(言語の個別性と普遍性)
- Media Discourse of War : World War II and the "War on Terrorism"
- Stylistic and Linguistic Analysis of a Literary Text Using Systemic Functional Grammar