ソールズベリー女伯マーガレット・ポール : ヨーク家の人びと(3)
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概要
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ソールズベリー女伯マーガレット・ポール(1473-1541)は、クラレンス公ジョージとイザベル・ネヴィルの娘として1473年8月14日にウィルトシャーのファーリー城で生まれた。1487年にバッキンガムシャーのジェントルマンであるリチャード・ポールと結婚した。弟のウォリック伯エドワードは1499年にヘンリー七世によって処刑されていたので、マーガレットが1512年にヘンリー八世によってソールズベリー伯位を回復された。彼女はメアリー王女(のちのメアリー一世)の養育係に任命されたが、ヘンリー八世がアン・ブリンとの結婚を意図したとき、この結婚に反対して、キャサリン・オヴ・アラゴンとメアリーに味方し、ヘンリーの敵意をまねいた。宮廷から追われ、ハンプシャーのウォーブリントンへ引退したが、1536年にアンが没落したのちに、復帰した。息子のレジナルド・ポールがヘンリーを批判する論文を発表したとき、ヘンリーはポール一族を絶滅させることを決意した。マーガレットは1541年5月27日にロンドン塔内で斬首された。
- 2005-03-31
著者
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