ゴルドーニの演劇改革における類型的人物像の変容
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概要
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18世紀に活躍した台本作者ゴルドーニ(Carlo Goldoni, 1707 Venezia-1793 Parigi)はイタリアの庶民劇の伝統に初めて書かれた台本を持ち込み、喜劇が文学の領域との接点を持つ可能性を開いたといえるだろう。ゴルドーニは喜劇への強い愛着のためにその凋落のありさまを嘆き、ヴェネツィアのサンタンジェロ劇場を活動拠点とするメーデバック座の座付作者となった1748年以降、本格的な改良運動に乗り出した。ゴルドーニが目指したのは喜劇に道徳的教化と社会風刺の役割をもたらすことであり、その実現のために彼はコンメーディア・デッラルテの即興の演技を廃して台詞をすべて書き出し、登場人物の類型的表現方法を改め、より人間らしい個性を備えた登場人物を擁する「性格喜劇」の創作を試みた。ゴルドーニの初期の喜劇作品はパンタローネやアルレッキーノといった仮面役者(マスケラと呼ばれる)をはじめ、コンメーディア・デッラルテの類型的登場人物によって構成される配役をそのまま踏襲しているものがほとんどである。これらの類型の存在は、代表作とされるいくつかの作品を選択し、そこからゴルドーニ作品の特性を論じることの困難を我々に示している。登場人物が生きた人間であるというイリュージョンを生み出す方法について、他の演劇との比較を通して論じたアラダイス・ニコルは、コンメーディア・デッラルテの類型は性格の断片しか表現し得ないが、作品に応じて多様な状況に何度も登場しながらいくつもの側面を積み重ねることによって真に深みのある人物としての表現に至ると指摘している。この指摘を作品の側からとらえれば、コンメーディア・デッラルテとは、個々の作品が互いに繋がりあって形成したひとつの宇宙と考えることができるだろう。このような類型を介した劇的世界の永続性はゴルドーニの作品にも名残を留めており、それらをひとつひとつ切り離して論じるのは適当ではない。これらの登場人物の独特な存在感の背景にあるコンメーディア・デッラルテ特有の作劇術と、ゴルドーニを嚆矢とする写実的な演劇を支える世界観との相違は興味深い問題ではあるが、コンメーディア・デッラルテとゴルドーニとの関係は客観的な分析の対象にはなりにくい。その理由として、主に即興によって演じられたコンメーディア・デッラルテの演技の実態を把握することが難しいという事情や、出版によって今日にまで伝えられるゴルドーニの台本が必ずしも上演当時ものとは一致しないという事実を挙げることができるだろう。したがって本稿では、数少ない手掛りとしてゴルドーニの台本における喜劇の配役上の構成とそれぞれの登場人物の劇中における役割を考察の対象に据え、それらがコンメーディア・デッラルテとの違いを明確に際立たせるものとなるのかどうかを、ゴルドーニが喜劇の改良運動に着手したメーデバック座での活動期に限定して検討したいと思う。
- イタリア学会の論文
- 2000-10-20
著者
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