伝統と前衛の谷間で
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概要
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1 ジャーコモ・デベネデッティ(ビエッラ一九〇一-六七)の文学批評家としての大きな功績の一つは、従来のドキュメンタリー風の文学批評にとって変る《物語式批評》という文学批評様式を確立したことにあるであろう。《物語式批評》を一言で言い表わすなら、批評のジャンルに、文学批評活動そのものの対象となる芸術作品なる小説、短編等の芸術的、創造的性格を導入するということに尽きるであろう。デベネデッティは自らの著作「幕間狂言」の中で、二十世紀初頭の大きな文学運動グループ「ロンダ」の中心的人物の一人であったエミリオ・チェッキの文学批評について次のように述べている。「われわれがチェッキの評論……を読み終える時、ほぼ同じ職業に従事している者が感じる最初の誘惑は、まさに職業を変えたいということである。」このチェッキへの賛辞の言葉は、チェッキの批評に存在している従来の批評とは異なる芸術的、詩的性格を前にしては、既成の文学批評家は自己の既成の批評様式に絶望し、自信を失うということを暗示しているのであろう。ではここでこの既成のタイプの批評家像とは何たるかを見てみなければならないであろう。これに関してエベネデッティ(以下デベネデッティをDと略する)の門下生ヴァルテル・ペドゥッラーは次のように述べている。「批評家は彼の結論の図式だけを作成して、自らの旅の成果を報告するだけに甘んじてはならない。」したがってDの言うチェッキの批評を前にして絶望する批評家とは「彼の結論の図式だけを作成する」いわば散文的批評家なのであろう。Dのめざす批評家像とは無論この散文的批評家像の対極に位置する作家並の感受性と想像力を有する詩的批評家、というよりも作家兼批評家である。これに関してDは実際次のように述べている。「批評を行なうという行為には繊細な霊感の問題が係っている。」Dの中の作家の資質を示すものとして、豊かな感受性と想像力を駆使して書かれる彼の批評の物語的語り口と、それからもう一つ彼の文体を忘れてはならないであろう。彼の作品は詩や小説におけるごとく、すばらしい隠喩に満ち満ちているのである。このDの文体の隠喩のすばらしさは「幕間狂言」「登場人物=人間」の中であますところなく発揮されている。Dがなぜこういう作家的批評家になる運命にあったかは、彼の文学界への入門時代にその遠因の一つを見い出すことができよう。つまり彼は文壇に自作の短編集「アメデオ(一九二六年)」でもってデビューを飾ったのである。また第二次大戦中のユダヤ人迫害についての物語風の散文「八人のユダヤ人」「一九四三年十月十六日」をも著しているのである。三冊の物語の作者であるという事実は、Dが《物語式批評》という批評の新しいジャンルを選んだ理由を何にもまして明瞭に説明しているであろう。また「ロンダ」の前の文学運動グループ「ヴァーチェ」の指導者の一人、レナード・セッラの文学批評の中にひそむ芸術家的感性批評に若くしてすぐに目を留めたという事実も、Dの批評家としての運命を暗示しているであろう。セッラの感性を重んじる文学批評は、クローチェから「オナニスト的批評」という酷評を受けるのであるが、Dも一九四九年に「適切な行為はクローチェ主義との訣別である。」と宣言するのである。Dが青春の研究活動をはじめ、晩年の研究活動を閉じるセッラの直感的芸術的批評への彼の関心、またチェッキの隠喩的批評散文への賛辞は、Dの批評が《物語式批評》になるべくしてなったとの感を私たちに与える。
- 1980-03-10
著者
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