伝承の正典化 : 沖縄・与那国島の事例より
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概要
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今日, 奄美・沖縄研究者が現地で出会う人々は, 素朴な意味での「生の資料」の提供者ではなく, 「研究者」や「先生」に対する知識および経験と文化的自意識を備えている。「現地の人類学者」や「郷土史家」も多く, 外部の研究者による奄美・沖縄関係の印刷物は現地に広く流通している。このような視角からすれば, 奄美・沖縄研究の歴史は現地の人々と外部の研究者の言説の複雑な<絡まり合い>の歴史として捉え直すことができる。本論はこの歴史認識を出発点として, 沖縄・与那国島におけるある伝承をめぐる言説を検討するものである。与那国島には, 海賊や外敵の襲撃を避けるためにかつて大草鞋を海に流していたという伝承が存在する。この大草鞋の伝承をめぐる戦前の言説は多様で暖昧であった。しかし戦後になると, この伝承をめぐる言説は, 整序され固定化していく。伝承のいわば「定本」が形成されていくこのような言説の変化のプロセスを本論では<正典化>と呼ぶ。大草鞋の伝承の正典化は少なくとも部分的には, 奄美・沖縄研究の趨勢の変化を反映しており, それはまた, 伝承の脱政治化・無害化というプロセスであったと筆者は考える。ただし, このように述べることは伝承の正典化に与那国島の人々が関与しなかったということを意味しない。地元の郷土史家や知識人は, 外部の研究者の言説を引用・参照しており, それらの人々の言説は外部の研究者の言説との連続性において捉えることができるものである。また, こうした言説の絡まり合いに巻き込まれているのは郷土史家や知識人だけではない。大草鞋の伝承をめぐる奄美・沖縄研究者の言説は自律的に変化してきたのではなく, 与那国島の人々の言説と複雑に絡まり合いながら変化してきたのであり, 今日, 与那国島で聞くことの出来る大草鞋の伝承についても, このような言説の絡まり合いの産物として捉えるべきである。
- 日本文化人類学会の論文
- 1997-09-30
著者
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