<学位論文要旨>森林土壌の花粉分析による植生動態の解析
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概要
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第1章序論 従来,森林の動態に関する研究においては,毎木データに基づくサイズ分布や空間分布の解析,これに年輪情報を加えて過去の個体群動態を考察するという手法がとられてきた。さらに,大面積プロットの長期継続調査によって,種々の撹乱体制や種間の相互作用の研究が進んできた。しかし,大面積プロットの継続調査は現段階では時間的制約があり,様々な規模の撹乱を短期間に観察することは極めて難しい。森林内の小凹地堆積物やモル型腐植に堆積する花粉群は,ごく局地的な植生(10^1∿10^3 m^2)の過去数十∿数百年の動態を反映しているとされ,二次遷移やギャップ相動態の研究に貢献してきている。しかし,これら試料が得られる地域は限定されることが多い。その一方で,森林土壌は基本的にどの地域でも容易に採取できるという利点がある。森林土壌は堆積物を採取不能な地域において特に後氷期以降の植生変遷を解明するという観点からも期待されるが,これを花粉分析の対象として扱った研究例は少ない。その要因として以下に示す3つの方法論的問題点が挙げられる。すなわち,1)土壌花粉が反映する植生の復元領域が明確でないこと,2)土壌中の堆積花粉の保存状態が相対的に悪いと考えられること,3)土壌花粉の層位的扱いが困難であると考えられることである。そこで本研究では,日本の林野に広く分布する褐色森林土を対象に,まず上記の3つの問題点を解決するための基礎的研究を行い,さらにそれらを踏まえて森林土壌の花粉分析により植生動態の解析を行うことを目的とした。第2章森林域における花粉堆積様式 この章では,森林域における花粉堆積様式,および土壌花粉が反映する植生の空間スケールを調べることを目的とした。工石山温帯混交林では,優占種であるアカガシを対象として,森林域における花粉堆積様式を調査した。リターフォール(雄花序の落下・落葉)による堆積花粉数は,通年の堆積花粉総数の10%に満たなかった。開花期(4∿6月)における堆積花粉数は,通年の堆積花粉総数の90%以上を占めていた。このように森林域の堆積花粉が示す局地性は,リターフォールによるものではなく,開花期を通して植物器官に付着した花粉がその後の再飛散と集中降雨(梅雨)による洗脱を受けることに起因するものと考えられた。長野県上高地の河辺林では,閉鎖林冠下と林冠ギャップ下の表層花粉について調査した。閉鎖林冠下の花粉群は局地要素の占める割合が高く,調査地点周辺の植生と対応関係が認められる一方で,林冠ギャップ下のそれは局地外要素の割合が相対的に高くなっていた。林冠ギャップ下の堆積花粉数は,ギャップ面積が約100m^2のとき最大となり,それ以上面積が増加すると減少した。剣山地カヤハゲ山の温帯混交林では,主な樹木分類群を対象として,閉鎖林冠下の表層花粉の出現率と試料採取地点から半径10∿50mの円内に生育する高木の基底面積割合との関係を,回帰分析と最尤法(ERV-model)を用いて検討した。両者の間の相関係数および尤度関数のスコアは,基底面積を試料採取地点からの距離により重みづけた場合,調査領域の半径が増加するにともないそれぞれ上昇および減少して,その半径が20∿40mのときに漸近的となった。バックグラウンド花粉は調査半径の増加とともに減少した。このことから,土壌中の堆積花粉は林分レベルの植生の組成・構造を反映していることが示唆された。第3章森林土壌に堆積した花粉・胞子の保存状態 本章では森林土壌中の堆積花粉・胞子の保存状態を調べることを目的とした。工石山において,数種の樹木花粉とシダ胞子を土壌(A層)に埋め込み,埋め込み後2.7年までそれらの保存状態を追跡調査した。土壌中の花粉・シダ胞子は,堆積後の初期段階で化学的酸化,あるいは土壌粒子や腐植アグリゲートの形成・崩壊による物理的破壊を受け,その後土壌微生物により生化学的に分解されるものと考えられた。シダ胞子では埋め込み後2.7年でも腐蝕したものは極めて少なかった。実験に用いた樹木花粉の腐蝕に対する耐性には,花粉による違いが認められた。次に,異なった環境下に発達する数種の森林土壌を採取して,土壌花粉・胞子の絶対数およびその保存状態と環境条件との関係,さらに主な分類群の花粉・胞子の保存状態を調べた。土壌中の花粉・胞子の絶対数とその保存状態は,土性や気温より,土壌のpH値や乾湿に強く影響を受けていると考えられた。土壌中の花粉・胞子は,どの地域でも化学的分解と機械的変形・破損を受けているものが多かった。土壌中の花粉と比べると,胞子の保存は極めて良好であった。花粉の保存はその粒径,外部形態および外壁の厚さと対応関係が認められた。
- 広島大学の論文
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