<学位論文要旨>複雑な両手協応運動における学習とタイミング制御に関する研究
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概要
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第1章序論 複数の身体部位を複雑に協応させた運動パターンの形成には適切な身体部位を,適切なタイミングで,適切な空間位置へと移動させる必要があり,それらは発達や意図的な練習によって習得される。特に,ピアノ演奏やドラムのばちさばきにみられる両手協応運動には右手と左手との間に複雑な位相関係が内在しているが,その学習過程や各手のタイミング制御についての詳細は不明な点が多い。これらの問題を明らかにするために,従来の運動心理学や情報処理理論を基にした認知的アプローチでは,両手協応運動における各手のタイミング制御に対して運動プログラムなどの表象的な中枢制御と情報処理を仮定した。これに対し,非線形ダイナミクスを基盤としたダイナミカル・アプローチは各身体部位を支配している神経系を非線形振動子として捉え,それらの振動子間の相互作用によって両手協応パターンが創発されるという自己組織的なダイナミカル・システムを仮定した。そこで,本研究では認知的アプローチとダイナミカル・アプローチの両観点から複雑な両手協応運動における学習と各手のタイミング制御について明らかにすることを目的とした。 第2章複雑な両手協応運動の組織化とその学習ストラテジー 複雑な両手協応運動における右手と左手のタイミングを組織化するための学習ストラテジーとして,各手のタイミングを独立に制御する並列運動組織化と相互に関係させて制御する統合運動組織化を仮定し,右手で5拍子タッピングしながら,同時に左手で3拍子タッビングする5 : 3ポリリズム・タッピングを遂行する際に採用される学習ストラテジーについて検討した。その結果,再生された5 : 3ポリリズム・パターン内の隣接したインターバル間に対して,片手間よりも両手間に高い負の相関が示されたことから,統合運動組織化が採用されたことを見出した。 第3章複雑な両手協応運動に対する長期学習の効果 長期間の学習効果を縦断的に明らかにするために,14日間にわたる同期段階での反応の変化と継続段階での5 : 3ポリリズム・パターンの変化を検討した。同期段階では誤反応と無反応の減少と正反応から見越し反応への移行を示した。また,継続段階では両手間の位相引き込みによるタッピング位置の移行を示した。ポリリズム・パターンの形成には,同期学習によるポリリズムの系列位置の記憶とダイナミカルな両手間の位相引き込みが関与することを見出した。 第4章パーソナル・テンポによる両手協応パターンの形成過程 より自発的な両手協応パターンの形成を明らかにするために,外部刺激による同期学習なしの3 : 2ポリリズム・パターンの産出経路を分析した結果,3 : 2ポリリズム・パターンは散逸構造的により安定した1 : 1,2 : 1,3 : 1パターンから遷移して形成されることを示した。このことから,複雑な両手協応パターンは両手間の位相引き込みによって安定した単純なパターンから遷移して形成されることが明らかとなった。 第5章両手協応運動のパターン形成に対する運動振動数の影響 両手間の位相引き込みによる両手協応パターンの形成には運動振動数が制御パラメータとして作用するため,両手協応運動のパターン形成に対する運動振動数の影響について検討した。同期段階では運動振動数が高いと正反応が多く,運動振動数が低くなると見越し反応が多かった。継続段階では運動振動数が低いほど正確な5 : 3ポリリズム・パターンが形成された。また,運動振動数が高いほど,散逸構造的に安定した2 : 1パターンが多く産出された。以上の結果から,低振動数では両手間の結合強度が強いために両手間の位相引き込みの影響はほとんどなく,認知的制御(系列位置の記憶)が支配的となるが,運動振動数が高くなるにつれて,両手間の結合強度は弱くなり,両手間の位相引き込みの影響を強く受けた両手協応パターンが形成されることを明らかにした。 第6章総合考察 第2∿5章の実験を通して,複雑な両手協応運動の学習と各手のタイミング制御には2つの階層制御レベルが関与していることを明らかにした。認知的制御レベルでは同期学習によって反応すべきタイミング位置を記憶し,目標とする両手協応パターンが形成され,ダイナミクス制御レベルでは両手間の位相引き込みによって安定した位相関係が自律的に形成されることを見出した。これら2つの制御レベル機構が相補的に作用することによって,正確で安定した両手協応パターンが形成されると考えられる。また,この認知的制御レベルとダイナミクス制御レベルの相補的関係は,学習期間と運動課題の困難さおよび運動振動数の変化によって確認できた。
- 広島大学の論文
- 2000-12-28
著者
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