音楽の覚醒調整効果に関する精神生物学的研究
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概要
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第1章音楽行動研究の枠組みと問題 音楽が興奮的・鎮静的な作用をもつことは,経験的に知られている。このような音楽の性質は,経験則をもとにした応用的な利用が試みられており,音楽療法や環境音楽がその代表的なものである。一方,音楽の作用に関する基礎的な研究はほとんど未開拓である。特に,客観的な指標である生理的な反応を用いた研究は少なく,豊富な研究データの蓄積が必要とされている。音楽の作用を調べるために生理的指標を用いた研究は,そのほとんどが,音楽が引き起こす感情反応に注目したものである。これらの研究では,感情変化の指標である自律神経系活動が,音楽呈示下で測定されてきた。近年,中枢神経系の指標を用いた研究も報告されるようになったが,もっぱら音楽に対する認知活動に焦点が絞られており,音楽の興奮的・鎮静的な作用を直接的に扱った研究は知られていない。その理由の一つとして,音楽の興奮的・鎮静的な作用を客観的に評価し,これを統一的に説明する理論枠組みの欠如が指摘されている。そこで,従来の覚醒水準調整モデルの中から音楽の中枢作用モデルとして敷延しうるものを検討した結果,大脳皮質の覚醒水準から,刺激と生体の反応についての関係を理論構築した覚醒調整理論(Zuckerman 1969,Berlyne 1971)が,音楽の作用を説明するのに適切であると考えた。覚醒調整理論は,各個人には認知的活動や肯定的な感情状態を維持し,実行するための刺激の最適水準と覚醒の最適水準があることを指摘している。この理論を背景にして音楽の作用を予測すると,音楽はヒトの覚醒水準を適度な範囲に調整すると考えられた。本研究では,1) 音楽の作用に覚醒調整理論が適用可能か実証的に検討することを目的にし,さらに,この過程を通して,2) 音楽の覚醒調整効果の作用構造の枠組みについても検討を試みた。第2章感情評価の異なる2種類の音楽がもたらす覚醒調整効果 McFarland(1985)は,音楽呈示中の皮膚温は,安静中よりも高く,暗算課題中よりも低くなることを報告した。さらに,被験者が興奮的と評価した楽曲呈示中の皮膚温は,鎮静的と評価した楽曲呈示中よりも高かった。この結果は,音楽の覚醒調整効果を自律神経系活動の側面からとらえたものと解釈できる。そこで,第2章ではMcFarland(1985)の研究で使用された楽曲と同一の楽曲を用いて,感情評価の異なる2つの楽曲が覚醒水準に及ぼす影響について脳波から検討してみた。実験は,楽曲呈示前に課題を行う高覚醒群と安静状態を保つ低覚醒群を設け,脳波,気分に関する質問紙を記録,測定した。質問紙による感情評価から2つの楽曲はそれぞれ興奮的,鎮静的であることが確認された。脳波のα帯域とβ帯域活動の変化からは,楽曲聴取によって,高覚醒群は覚醒水準が低下し,低覚醒群は覚醒水準が上昇することがわかった。また,その変化は楽曲の種類により異なっており,興奮的な楽曲は鎮静的な楽曲よりも被験者を高い覚醒水準に調整した。さらに,時系列的な分析から,楽曲聴取中は被験者の覚醒水準が一定範囲内を推移することが示唆された。これらのことから,今回用いた楽曲が覚醒水準を調整し,さらにその調整には,楽曲に対する感情評価の違いが関連することがわかった。第3章音楽と変調雑音聴取の比較による音楽の覚醒調整効果の実証 ここでは,楽曲とその楽曲の持つ音圧変動をシミュレートした白色雑音を比較することによって,覚醒調整効果が音楽だけに存在するといえるかどうかを確かめた。さらに,楽曲と雑音に対する主観的評価と聴取態度の相違についても検討した。先行研究(緒方1992)では,楽曲の呈示は被験者の覚醒水準を低下させるが,このときの覚醒水準は,音圧変動をシミュレートした白色雑音よりも高い水準であったと報告している。本研究においては,楽曲としての要件を整えた音刺激は覚醒調整機能が有効に作用し,覚醒水準を一定範囲内に導くが,単なる白色雑音では,たとえ音圧変動をシミュレートしていても,覚醒水準の変動範囲は大きくなると仮定した。α帯域活動の変化から,楽曲と雑音,いずれの音響条件でも被験者の覚醒水準が上昇したことがわかり,その傾向は雑音聴取時に顕著であった。これらのことは,楽曲と雑音が異なる興奮効果をもつことを示し,楽曲には覚醒水準を一定範囲内に調整する効果があることを示唆した。第2,3章で得られた結果は,音楽に覚醒調整効果があることを大枠として支持するものである。また,この効果は,雑音にはみられないことから,音楽が喚起する感情や聴取態度と関連することが指摘できる。第4章音楽の覚醒調整過程に随伴する聴取態度の変化 第2,3章で示してきた音楽の作用は,旋律,リズム,和声など微少時間で変化する認知プロセスと異なり,音楽が及ぼす作用のメカニズムを覚醒水準の変化として捉えたものである。
- 1997-12-28
著者
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