黄昏のもうひとり : ハーマン・メルヴィルの『クラレル』と諦観への軌跡
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概要
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ハーマン・メルヴィル(1819-91)の『クラレル』(1876)は,その副題「聖地における詩と巡礼」が示すように,聖都エルサレムやその周辺にひろがるパレスチナの荒野をめぐる,旅の遍歴をつづった詩である。それは,延々,長大,一万八千行にもおよび,四部構成からなるそのほぼ全編は,ゆったりとして深い音調の,弱強四歩格(iambic tetrameter)で書かれている。十九世紀半ばを過ぎての,ヨーロッパや聖地をめぐる大遊覧旅行については,同時代人マーク・トウェインのことばを借りていえば,「アメリカのそこいらじゅうの新聞で話題にされ,無数の炉辺で論じられてきた」といったような活況ぶりである。メルヴィル自身も,1856年から57年にかけて,実際にこの地を訪れている。『白鯨』(1851),『ピエール』(1852),『ピアザ物語』(1856)をものし,『信用詐欺師』(1857)の出版契約をとりつけた,その直後のことである。このときの実地見分が,作家の精神の奥深くに,なにを刻印したかについては,彼の旅日記にあきらかである。ひとことでいえば,そこには,当代流行の聖地詣でや物見遊山の浮かれ騒ぎとはちがい,パレスチナのきびしい歴史的風土に試されながらも,人間存在や世界の根本原理にまで思いをいたし,その果てに到達することのできた,「諦観」ともいうべき境地がうかがえる。その経験から二十年後に発表された長編詩『クラレル』も,「諦観」が主要なモチーフになっている。
- 2000-03-03
著者
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