「痛み」による「負の情動反応」における扁桃体の役割
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
「痛み」は感覚的成分(sensory component)と感情的あるいは情動的成分(affectiveあるいはemotional component)からなる.これまでに感覚的成分に関しては精力的に研究されその分子機構も次第に明らかになりつつあるが,感情的成分に関する研究は未だ緒についたばかりである.本稿では,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」における扁桃体の役割とそれに関連する神経情報伝達機構について筆者らの研究成果を紹介する.ホルマリン後肢皮下投与により惹起される体性痛(somatic pain)により扁桃体基底外側核においてc-fos mRNA発現が誘導されたが,扁桃体中心核では発現誘導されなかった.一方,酢酸腹腔内投与による内臓痛(visceral pain)ではc-fos mRNA発現は中心核で誘導されるが,基底外側核では誘導されなかった.また,ホルマリンにより惹起される場所嫌悪反応は,基底外側核あるいは中心核のいずれかを予め破壊することで著しく抑制されたが,酢酸による場所嫌悪反応は,中心核の破壊によってのみ抑制され基底外側核の破壊では影響を受けなかった.これらの結果は,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」に関わる神経回路が,体性痛と内臓痛とでは異なることを示唆している.ホルマリンによる体性痛の際には基底外側核においてグルタミン酸遊離が増加し,NMDA受容体拮抗薬の基底外側核への局所投与によりホルマリンによる場所嫌悪反応が抑制された.さらに,基底外側核へのモルヒネ局所投与はホルマリンによるグルタミン酸遊離と場所嫌悪反応をともに抑制した.これらの知見は,ホルマリン投与により引き起こされる「負の情動反応」に基底外側核でのNMDA受容体を介した神経情報伝達が重要な役割を果たしていることを示唆している.また,モルヒネがこの情報伝達を抑制的に調節することも明らかとなり,モルヒネの鎮痛作用には,「痛み」の感覚的成分である痛覚情報伝達を抑制するという直接的な作用機序だけでなく,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」を抑制するという作用機序も関与していることが考えられる.
- 社団法人 日本薬理学会の論文
- 2005-01-01
著者
-
南 雅文
京都大学 薬研究
-
佐藤 公道
Faculty Of Pharmaceutical Sciences Kyoto University
-
佐藤 公道
京都大学薬学部
-
佐藤 公道
奈良先端科学技術大学院大学
-
南 雅文
京都大学 大学院薬学研究科生体機能解析学分野
関連論文
- Studies on Peptides. CXXXI. Synthesis of Adrenorphin and Enkephalin Analogs
- Studies on Peptides. CL. Syntheses of [D-His^2]-Analogs of Enkephalin and Adrenorphin and Several [D-Arg^2]enkephalin Analogs(Organic,Chemical)
- 報酬効果と鎮痛効果の異なる作用機序
- 「痛み」による「負の情動反応」における扁桃体の役割
- NMDA誘発神経細胞傷害に伴うグリア細胞活性化のメカニズム (生体機能と創薬シンポジウム2005--疾病に関わる生体分子と治療薬) -- (シンポジウム3 虚血性疾患と難治性神経変性疾患の病態と治療)
- 中枢性P2プリン受容体による痛みの調節 (生体機能と創薬シンポジウム2005--疾病に関わる生体分子と治療薬) -- (シンポジウム1 神経系疾患にかかわる機能分子--基礎から創薬の可能性まで)
- P2 受容体アゴニストの側脳室内投与による上位中枢性の鎮痛作用
- 薬物依存における脳内グルタミン酸トランスポーターの役割
- モルヒネ依存ラットのナロキソン誘発場所嫌悪反応における扁桃体中心核の関与
- 虚血性脳細胞障害におけるケモカインの役割
- 麻薬依存時のグルタミン酸神経系の可塑的変化--グルタミン酸トランスポーターの関与 (薬物依存症の神経科学)
- ATP受容体アゴニストのラット側脳室内投与による侵害受容反応抑制作用およびその作用機序に関する検討
- ケモカインと脳内細胞間情報伝達
- オピオイド受容体 (最先端創薬--戦略的アプローチと先端的医薬品) -- (先端的医薬品--単一成分に対するアプローチ)
- マウス脳セロトニン神経におけるカルシトニン受容体mRNAの発現
- クローン化オピオイド受容体発現細胞におけるアゴニスト持続的処置によるアデニル酸シクラーゼ系の過感受性形成メカニズム
- 変異型ノシセプチン受容体を用いたリガンド認識機構の解析 (あゆみ ノシセプチンの分子薬理学--新しい疼痛制御ペプチド)
- モルヒネ依存ラットにおけるEP3受容体を介するナロキソン誘発禁断発現抑制機序
- オピオイド受容体 (脳における情報伝達--神経機能素子と素過程) -- (興奮の伝導と伝達 神経伝達物質受容体)
- オピオイド受容体 (受容体 1997) -- (Gタンパク質共役型受容体--神経伝達物質・ホルモン)
- カルシトニンの中枢内適用による酢酸ライジング抑制作用の検討
- オピオイドによる依存形成に至るシグナル伝達-人体から分子まで-
- オピオイドレセプタ-のクロ-ニング
- 内在性morphine様物質
- 脳内においてキョートルフィン(Tyr-Arg)はいかに生成されるか(発表論文抄録(1985年))
- Kyotorphinについて (神経ペプチド)
- 鎮痛薬の中枢作用--オピオイド・レセプタ-のサブタイプについて (鎮痛剤)
- オピオイドペプチド--Enkephalinsの作用部位について (いたみ)
- エンケファリンおよび関連ペプチドの構造・活性相関について
- エンケファリンおよび関連ペプチド(エンドルフィン類)の中枢作用
- ケモカインと脳細胞傷害 (第1土曜特集 神経保護・再生医療研究の最前線) -- (神経保護)
- 情動の分子薬理学-QOL向上の分子基盤 : 序文
- 嫌悪系--苦痛の制御メカニズム (特集・情動--喜びと恐れの脳の仕組み)
- 脳内細胞間情報伝達物質としてのサイトカイン・ケモカイン
- 海馬におけるサイトカインの発現 (特集 脳の深部を探る)
- 痴呆と記憶 : 分子神経生物学からのアプローチ
- 技術賞受賞 新規免疫抑制剤タクロリムス水和物の研究開発
- 脳科学の時代の開始
- 痛覚情報の伝達と制御 : ―脊髄後角を中心に―
- Pirprofenのブラジキニン誘発ラットおよびウサギ後肢屈曲反射に対する作用
- ジペプチド性神経活性物質キョ-トルフィンの生合成機構
- μオピオイドアゴニストDAMGOの受容体選択性に関与する受容体構造
- オピオイド受容体の構造,機能,分布
- LTPと老化 (LTPとLTD--その分子機構)
- 海馬スライス標本作製法と薬理学的研究への応用
- 長期増強(LTP)の薬理 : 創薬における薬理学の役割
- 合成Bradykininのウサギにおける中枢作用ならびにそれにおよぼす鎮痛薬の影響
- オピオイドレセプターとGTP結合タンパクの再構成
- オピオイド受容体の分子薬理学的研究
- オピオイド受容体の分子薬理学
- 内因性鎮痛物質(VI.1986年度日本基礎心理学会フォーラム発表要旨)
- 動物実験の必要性の啓蒙(動物実験を考える)
- 痛覚の伝達と制御に関与するペプチド
- 鎮痛の薬理 (痛覚)
- 不快な感覚・情動の制御を目指して
- オピオイドペプチドの鎮痛作用機序