螢光顕微鏡法を応用した回虫卵生死判別法の検討
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概要
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蛋白膜を除去した回虫卵を1:2000 Acridinorange中性水溶液に混じて,螢光顕微鏡で観察すると,生卵では卵殼が緑色,稀に黄色或いは橙色の螢光を発するのみで卵内容は螢光を発しないので全く見えない。然るに自然死した変性卵や種々の方法で殺した虫卵では,卵内容が緑色或いは黄緑色,黄色,橙色,稀に赤色等の螢光を発し,単細胞期,分裂期,仔虫期など,いずれの時期でもその形態が明瞭に認められる。従って,卵内容の螢光の有無によって卵の死と生を判別できるが,この際用いる螢光顕微鏡装置は高性能のものを必要とする。著者らが螢光法による虫卵生死判別の信頼度を培養法及びSudan III染色法と比較検討した結果では,煮沸殺卵した材料では3方法とも全卵の死を判定できたが,10%ホルマリン水中に2ヵ月半保存した回虫子宮下部卵では,螢光法で全卵が死像を呈したにも拘らず,Sudan III染色法では染色陽性(死像)のものは僅かに7%に過ぎなかった。さらに,芥子油,二硫化炭素,クレゾール石鹸水,フェノール,エチルアルコール,亜硝酸ソーダ,硝酸,苛性ソーダ,アンモニア水などをそれぞれ26°Cで作用させた虫卵について,3方法による死卵陽性率を見ると,培養法では1ヵ月後に至り全卵変性し,死と判定されたが(勿論この時期には螢光法でも全卵が顕著な死像を呈した),薬剤作用終了直後に於て,既に螢光法では多くの場合培養法の成績に接近した死卵率を示したのに比し,Sudan III法は極めて劣る成績を示した。螢光法に於ける虫卵の死像発現の機序については,硝酸及びアンチホルミンを用いて卵殼第1層及び第2層を剥離した材料を螢光処理観察した結果,卵殼最内層の変性如何(死卵では色素透過性となる)が最も重要な役割を演じ,さらに卵細胞の死後変性に伴って発現する自家螢光とが相俟って,前述したような死卵の螢光像が現われるものと考えられる。なお,Acror処理した死卵々細胞の螢光は,その色調が緑色より赤色へ近づくほど,またその強度が増すほど,細胞の変性は高度であると解される。螢光法に於ては,生体染色法の手技(生体螢光処理)を用いるので,他の染色鏡検法の如く生卵を障害することはなく,また生卵を死卵と誤認する危険はない。従来,回虫卵の生死判別法として最も精確と考えられている方法は培養法(卵細胞の発育能の有無による判別)であるが,これは結果判定に長時日(1ヵ月以上)を要するのが欠点で,また薬剤による殺卵試験のときなど,作用させた薬剤を完全に洗いおとして培養することが困難なこともあるので,そのような場合には培養中も微量の薬剤の作用を引続き受けることになり,その結果薬剤の殺卵効果が過大に評価されるおそれもある。また仔虫期卵の生死は仔虫の運動性の有無,仔虫体の変性像の有無等で判別するか,動物感染試験以外には方法がなく,それには高度の熟練が要求される。この観点よりすれば,螢光法(卵細胞と卵殼の変性の有無による判別)では,変性微弱の場合は生死不明のこともあるが,多くの場合生死の判別が即座或いは早期に可能であり,薬剤の妨害も除き得,仔虫期卵でも容易に生死の像の区別ができるので,螢光法は虫卵生死判定のための有力な補助手段として利用価値の甚だ高い方法であると考える。即ち,培養法に螢光法を併用すれば,最も迅速かつ精確な回虫卵の生死判別が可能であろう。
- 日本衛生学会の論文
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