(負)×(負)=(正)の教授法の変遷についての一考察. 2 : 1899年(明治32年)から1947年(昭和22年)までを対象として
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概要
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本稿は,拙稿〔1〕の続きにあたるもので1899年(明治32年)から1947年(昭和22年)までの教授法の変遷について考察を行った。その結果改造運動の影響があった昭和6年の教授要目を境に, 規約的説明に代表されるような数学的な発想によるものから,「量」型の説明に代表されるような教育的な発想によるものへと変化していったことが明らかになった。但し,東京・広島高師附属中の教科書は,それ以前からすでに「量」型の説明を行っている。それは何故か。昭和6年以前は改造運動は一般的ではなく,「数学者,数学の研究家」たちの理解を得られず一部の人達のものであった。それまでの数学教育界を作り上げてきた藤沢の影響や「改造運動を自眼視」していた「数学者,数学の研究家といわれる人々」の状況を考えると,「量」型ではなく規約的説明が支配的にならざるを得なかったことが理解できる。
- 近畿数学教育学会の論文
- 1999-02-21
近畿数学教育学会 | 論文
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