冷却イオンの量子エンタングルメント生成(<シリーズ>量子論の広がり-非局所相関と不確定性-)
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概要
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量子力学における最も特徴的な振る舞いの内の一つは量子エンタングルメントと呼ばれる,複数の粒子間における不思議な相関である.EPRパラドックスに端を発するこの量子エンタングルメントの存在は,ベルの不等式という相関量に関する不等式の破れという形で1982年に確認された.近年では,量子エンタングルメントはその基礎的な部分だけでなく,量子精密測定・量子暗号通信や量子計算機のリソースとして等,応用に向けた研究が広くなされている.これらの応用について考えた場合,多粒子間での量子エンタングルメントを生成する事が重要になる.これらを受け,これまで様々な量子系において量子エンタングルメントの生成が実現されており,近年その粒子数に関する拡張化に向けた研究がなされている.この分野でこれまで成功してきた方法の一つは,イオントラップ中の冷却イオンを用いるものである.イオントラップは荷電粒子を電磁場の零点に捕獲する事ができる技術である.さらにレーザー冷却の技術を組み合わせる事で,単一イオンもしくはイオン鎖を振動基底状態にまで冷却する事ができる.このように冷やされたイオンは長いコヒーレンス時間を持つ良い孤立量子系であり,またイオン間のクーロン相互作用を用いる事で多数間の量子エンタングルメントを生成する事が可能になる.冷却イオンを用いた系では,2011年に14粒子間までの量子エンタングルメント生成が報告された.さらなる拡張化には,量子エンタングルメントがある種のノイズに弱い事が問題となる.例えば,これまでに実現しているGHZ状態のような量子エンタングルド状態は,粒子数Nに対しN^2に比例するノイズを受けるため,その生成が非常に困難になる.この問題に立ち向かう一つの方法として,ノイズからの影響を受けづらい生成方法を考える事ができる.量子力学においては,エネルギーが離散スペクトルとなるため,一つのエネルギー固有状態にある量子状態は通常異なる状態に遷移するのに有限のエネルギーが必要となる.そのため,系が十分にゆっくりと変化する場合,量子状態は同じエネルギー固有状態に維持される.これを量子断熱性と呼び,この性質はこれまでノイズに強い量子状態の生成方法として研究されてきた.このような考えのもと,2012年筆者らは量子断熱的な手法を量子エンタングルメント生成に導入し,この手法によりDicke状態と呼ばれる量子エンタングルド状態を4粒子まで高い精度で生成した.多数の量子系を含む大きな量子系の構築には,イオン個数増加に伴う技術的な問題や加熱の問題などその他にも課題が多く残されている.近年においては,より多数のイオンを扱う事ができる新しいイオントラップの開発等,技術面からも様々な努力が続けられている.
- 一般社団法人日本物理学会の論文
- 2014-05-05
著者
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