少数派フィクフ : 展開と理論と社会的意味
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概要
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本稿は、少数派ムスリムのためのイスラーム法理論として20世紀末に提唱された「少数派フィクフ」の諸論客の理論的異同を概観し、現代の宗教市場におけるその意味と作用を考察することを目的とする。先行研究においては、少数派フィクフの提唱者たちと批判的論客の間の対立構造や、この新たな概念が持つ政治的意義、あるいは倫理的側面などの諸点が指摘されている。しかしこれらの研究においては、少数派フィクフの理論的側面、特に、複数の論客間に存在する理論的異同についてはほとんど触れられておらず、「少数派フィクフ」が同じ理念を共有する単一の理論として捉えられる傾向が強かった。古典フィクフ、あるいは一般フィクフとの関係性を視座に少数派フィクフを考察した場合、その理論は論客間で大きく異なり、彼らを次の三つの類型に分類することが可能である。第1は、古典的なイジュティハードの拘束力を否定し、古典フィクフからの脱却を説く「脱古典フィクフ型」。第2は、古典フィクフとの連続性を保ちつつも、通説にとらわれない柔軟な解釈によって少数派ムスリムの諸問題を解決することを目座す「古典フィクフ立脚型」。第3は、少数派ムスリムに特に関わる問題に対し、古典フィクフの通説を整理して呈示するにとどまる「古典フィクフ墨守型」である。純理論的観点から言えば、「脱古典フィクフ型」以外に分類される論客は「少数派フィクフ」を標榜する必要は全くない。だとすれば、「少数派フィクフ」という名称に、何らかの社会学的な付加価値が存在するということになる。宗教市場理論の視座を採用した場合、少数派フィクフは、ウラマーによって開発された、高度の市場流通性を期待された「商品」(宗教的言論)と見ることが可能だ。「少数派フィクフ」を標榜するによって、ウラマーは以下のようなメリットを得る。第1に少数派フィクフは、シャリーア全体の構造、あるいは究極的意味体系を敢えて語らないことで、「弱い消費者」を含む幅広い消費者層の購買意欲に訴えることができるようになる。またそれは、ホスト社会の憲法と社会規範への服従を暗示することによって、少数派ムスリムの住む社会の多数派を占める異教徒から商品流通の認可を得ることを可能とする。第3に少数派フィクフは、少数派ムスリムの国家への身体的帰属と「ウンマ」への精神的帰属とを統合、調節する役割を果たし、現代的なムスリム・アイデンティティの要求を満たす議論でもある。このように少数派フィクフは、ウラマーが少数派ムスリム市場における市場開拓と権威回復のために開発した、宗教権威獲得競争における戦略兵器としての一側面を有していると言える。
- 2011-01-05
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