消費者の主観的割引率について : アンケート調査の結果から
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概要
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主観的割引率(時間選好率)とは、将来価値(効用)を現在価値(効用)に引き戻す際に各消費者が暗黙のうちに想定する割引率であり、異時点間の選択行動を特徴づける極めて重要なパラメーターである。消費者信用は消費の異時点間選択問題のひとつである。合理的な経済主体を想定する標準的な動学理論である割引効用最大化理論(たとえば、消費のライフサイクル理論)では、最適解が動学的に整合的であるための条件のひとつとして、主観的割引率は一定と仮定されている。しかし、多くの先行研究は、人々の主観的割引率が必ずしも一定ではないことを示している。とくに、アンケートなどの実験的手法を用いた先行研究では、得られた主観的割引率に関して、以下のような3つの傾向が観察されている。(傾向1)(Immediacy Effect):推定された割引率は遅延期間が長くなるにつれて低下する。(傾向2)(Magnitude Effect):推定割引率は金額が大きくなるにつれて低下する。(傾向3)(Gain/Loss Asymmetry):利得に対する推定割引率は損失に対するそれよりも高い。これらは、主観的割引率が一定であるという標準的な割引効用理論の基本的仮定に反する変則的現象(アノマリー)である。とりわけ、傾向1は合理的な経済主体という経済学の基本的前提から要請される最適解の動学的整合性を否定し、時間の経過にともなって現在偏重型の選好の逆転が生じることを意味している。筆者は、日本において同種のアンケート調査を一般職業人と債務問題相談者を対象に行い、その調査結果およびその消費者金融へのインプリケーションについて報告した。主要な結果のひとつは、日本でも海外の先行研究で確認された3つのアノマリーがほぼ観察されたことである。このことは3つのアノマリーが被験者の国籍を問わず成立する、通文化的な特徴であることを示唆していると考えられる。もうひとつの結果は、債務問題相談者の主観的割引率が際立って高い水準を示したことである。債務問題を抱えている被験者へのこのような調査は外国でも行われておらず、この結果は非常に興味深い。これらのアノマリーは人間が基本的に現在消費偏重型の選好(あるいは衝動買いの傾向)を持っていることを示唆しており、消費者信用が利用しやすくなれば、こうした傾向が発現しやすくなると予想され、最近の自己破産や多重債務者の増加傾向とも整合的である。今回の調査結果は、消費者の過剰債務問題を軽減するためには、消費者自身が自らのこうした傾向を自覚するとともに、そうした自覚を促すための消費者啓発や教育、さらには広い意味での家計・債務カウンセリング活動が重要であることを改めて示唆していると考えられる。
- 2002-11-01
著者
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