産業集積へのコンヴァンシオン・アプローチに向けて : 児島アパレル産業集積地域への適用を通じて(<英文特集>変化する日本の産業集積をめぐって)
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概要
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本稿では,産業集積研究のさらなる発展に向けて,コンヴァンシオン経済学に基づいたストーパーとサレの「生産の世界」論に注目する.近年の集積理論は,イノベーションや学習との関連で,ローカルな制度・慣行の役割を強調するが,それが地域経済の発展に貢献する仕組みについて十分な検討がなされているとはいえない.他方で「生産の世界」論は,集合的な経済秩序の理念型である「可能世界」概念や,現実世界の「テスト」という概念を導入することで,制度・慣行が地域発展の資産となるための条件を与えてくれる.本稿の具体的な検討課題は,次の2つである.第1は,コンヴァンシオン経済学の研究プログラムおよびそれとの関連で「生産の世界」論の意義を明らかにすることである.「生産の世界」論は,経済地理学者のストーパーと,フランスのコンヴァンショニストであるサレとの共同研究の所産である.それは「コンヴァンシオン(慣行)」を鍵概念として構築されており,フランスの制度経済学であるコンヴァンシオン経済学の展開と無関係に,その理論内容を理解することは困難である.本稿では,コンヴァンシオン経済学がわが国はもちろんのことフランス語圏以外の諸国で十分に知られていないことを考慮して,やや詳細に,コンヴァンシオン経済学の研究プログラムを検討している.その際,大いに参考にしたのが,2001年に出版された初の本格的な入門書,バティフリエ編『コンヴァンシオン理論』の諸論考である.同書によると,コンヴァンシオンには二つのアプローチが存在する.一つは,ゲーム理論を積極的に使用する「戦略的アプローチ」であり,もう一つは,政治哲学や社会学から多くの知的恩恵を得ている「解釈学的アプローチ」である.このうち,本稿が注目する「生産の世界」論は,後者の一連の展開に含まれる.「解釈学的アプローチ」の主たる特徴は,アクターの解釈能力や評価能力を重視し,解釈・評価の準拠点として慣行の役割を位置づける点にある.この場合の慣行は「評価モデル」と呼ばれ,アクターにとっての規範原則として機能する.ストーパーとサレの議論では,アイデンティティと参加のコンヴァンシオンがこれに相当するといってよい.第2の課題は,「生産の世界」論の枠組みを,わが国のアパレル産業集積地域(岡山県倉敷市児島地区)の発展メカニズムの分析に部分的に適用することによって,その有効性を検討することである.日本の産業集積研究においては,詳細な実態調査にもとづいた実証的研究と,欧米の集積理論から刺激を受けた近年の理論的研究との間にある種の溝が存在するように思われる.今後,わが国の集積研究をより豊饒化していくためには,実証と理論の対話を通じて相互の溝を埋めていく作業が必要である.「生産の世界」論を経験的研究に適用する試みは,こうした問題意識も反映したものとなっている.結論として,児島アパレル産地の事例を通じて「生産の世界」論の有効性を示すことができたといえる.人々の行為枠組みとなるコンヴァンシオンが地域発展に貢献する資産になるか否かは,それが理念的な経済秩序である「可能世界」と構造的に両立するかどうかという点にかかっている.児島アパレル産地では,ローカルに共有されたコンヴァンシオンと可能世界との間に対応関係が観察されたのであり,ストーパーとサレの枠組みを裏付けるものとなっている.なお,本稿後半部の試みは,あくまでも図式的な対応関係を確かめる静態的な分析にとどまっており,一試論の域を超えるものではない.ECの特徴はむしろ動態分析にあり,今後,ECに依拠した集積研究の発展か望まれる.
- 2005-12-30
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