東中欧における人の移動と下位地域協力 : ユーロリージョンの活動と評価の観点から
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概要
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はじめに 昨年7月、ポーランド政府は、東部国境における警備員を増員し、不法移民の排除に取り組むことをEUとの間で合意した。こうした動きの背景となっているのが、近年、EUへの移民・難民が急速に増加し、麻薬や武器の密売など社会問題を引き起こす要因となっているとの認識である。しかし、第二次世界大戦後の西ヨーロッパは、戦後すぐにソ連への帰国を拒否した難民を受け入れ、その後も労働力の不足を補うため積極的に外国からの移民・難民を受け入れてきたという歴史がある。それとともにイギリスやフランスにおける旧植民地からの移民やドイツにおけるトルコ人移民のステータスをめぐって、その差別的な扱いが問題となっていた。そこには宗教的違いや人種的な相違に由来する偏見が「民主主義」諸国として問題となっていたのである。さらに、1980年代半ばからは、東欧諸国から西欧諸国への移り住む人が急増した。これらの「難民」は、西欧諸国で新たな問題を生み出すことになった。社会主義体制を嫌ってECに流れ込んできた「難民」は、それまでの外国人移民とは異なって、政治的難民であることを主張し、庇護を求めた。ドイツは、第二次世界大戦後二つの国家に分裂して以来、「ドイツ人」に対しては政治的理由から積極的に庇護を与えたが、その数が年間に40万人を超えるに及んで、冷戦終結後はこの方針を転換し、東欧諸国からの「難民」の受け入れを拒否するようになった。一方、「難民」を送り出してきた東欧諸国は、社会主義政権による統治の限界から1989年にいっせいに体制が崩壊した。これによって、西側諸国への人の移動は自由になった。しかし、国家による出入国管理が緩くなったにもかかわらず、東欧から西欧への人の移動は、急速に増加したわけではない。むしろ1992年ごろをピークとして次第に減少する傾向にあった。この現象は、社会主義体制が崩壊したために、政治的な迫害という理由によって西側に亡命する必要がなくなったことに加えて、難民の増加に耐えかねたドイツが「シェンゲン条約」を強化し、[安全な第三国]からの難民は認めないと規定し、東側からの人の移動を阻止した結果であると説明されている。こうした西側諸国の移民・難民政策は、EUを「ヨーロッパ要塞(EuropeanFortress)」として建設することによって、東側を排除しようとしていると非難されている。確かに、社会主義政権の崩壊後、EUに隣接している中東欧諸国では、出移民よりも入国してくる移民のほうが深刻な問題となっていた。旧ソ連・東欧圏の国々はヴィザなしでお互いの国を行き来できたからである。このために、社会主義体制崩壊後、自由に出入国ができるようになった人々が、東部国境からEUを目指して東中欧諸国へ流れ込んできたのである。他方でEUは東中欧諸国のEUへの加盟の条件として、シェンゲン・アキを受け入れて国内法を整備し、不法入国者に対しては再入国(readmission)を認めることを要求している。すなわち、東中欧諸国は、様々な問題を引き起こす「移民」をEUに代わって引き受けるEUにとっての緩衝地帯にさせられているという。一般的に、移民・難民に対する規制の大きな理由として、犯罪や密輸など社会不安の増加があげられる。また、国民として統合するための社会的コストや文化摩擦をあげることもある。しかしこうした見解は、いずれにしても、移民・難民問題を社会に対する負荷とみなし、ネガティヴな問題として対処しようとしているように見える。したがって、そうした立場からは、プッシュ-プル要因の分析によって移民を抑制するための政策の議論や費用対効果の観点から労働分業-すなわち重労働や単純労働などは賃金の安い移民に任せて、棲み分けをしようとする-を認める議論があり、他方で、こうした移民に対する差別的扱いに問題があるという議論もなされている。こうした議論はいずれも異質なものをどのように受け入れるか、受け入れないかという議論であり、マーストリヒト条約によってEUの域内における人の移動を自由にしたことと対比することによって、EUの域内の住人と域外の住人を区別するところから出発しているという点で、基本的な視角は同じであると考えられる。しかし、地域協力という観点からすれば、人の移動は地域協力や地域統合を進めるための手段のひとつであり、むしろ推進されるべき現象として捉えられており、上記のような内外を峻別する視角とはまったく異なっているといえよう。本稿では、ユーロリ-ジョンというミクロレベルの下位地域協力の観点から、冷戦の終結以降、EUと東中欧諸国の間で人の移動の問題に対してどのような政策がとられてきたかを検討することによって、人の移動をポジティヴな問題として捉えなおすことを目的とする。
- 2003-04-30
著者
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