同一律、矛盾律等の異なった表現の仕方とこれに関連する哲学的立場に関する考察(I 哲学,慶応義塾創立百年記念論文集)
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概要
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伝統的論理学では論理学の最高原則又は原理として同一律、矛盾律、排中律等を挙げていることは衆知の事実である。しかし同時に現代の数学的論理学に於いてはこのような原理は唯一の公理の組ではなくて、せいぜい他の多くの論理規則の中の二三のものとして加えられるに止まり、従って論理学の原理とか原則などと云う概念そのものさえ余り用いられていないことも明かなことである。しかし過去の多くの哲学体系の中には明瞭に同一律、矛盾律、排中律等の論理学の原理が哲学の出発点となっている場合が多いし(例えば肯定的な意味ではフィヒテ、否定的な意味ではヘーゲルを挙げることが出来るであろう)、又論理学と対象界との関係が問題になる場合にはある意味に於いて右の原則の解釈が中心的な地置を占める場合が多い。従って右の原則は論理学プロパーの問題に属すると云うよりはむしろ認識論的な議論に属すると見ることが出来る。しかし従来それらがいはゆる論理学の原理と考えられていた所に実は論理学と認識論との、はっきりと区別し難い哲学的問題が指摘され得ることも見逃すことは出来ない。この小論文では(1)これらの原則の論理学内に於ける表現の仕方自身がすでにある哲学的、認識論的立場を先取していること、(2)これらの原則のある特定の解釈から生じている哲学的立場の批判、及び哲学的、認識論的問題として如何にこの問題を解決すべきかについての或る意見を述べることとする。
- 慶應義塾大学の論文
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