ゲルマン民族大移動と気象変動の因果関係を探る
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概要
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紀元前2世紀末、北欧のゲルマン系譜族が南下し、ローマを脅かす動きを示したことは書誌学的に証明できる。より良い居住地を獲得するための第一次の南下と移動は、ローマ人に撃退され、ゲルマン人は所期の目的を果たせず、都市や農村を略奪して北へ戻っている。ただし、この際に捕えられたゲルマン人は小グループに分けられて北ガリアに屯田兵として入植させられた。この時期の北欧は,温暖化による海面上昇の時代にあり,北海沿岸の集落では防潮のため,さかんに盛り土がなされている。ゲルマン系諸族は、第二次移動期において、ローマ帝国の国境域や領内での土地占取に成功した。4世紀末のアルデンヌ高地、5世紀前半のボーデン潮周辺地域では,長期にわたる低温化と悪天候が生じていたと推定される。ボーデン湖畔のアレマン人は越境を開始し、北海沿岸の二つの集落の住民も離村し、この集落は廃村となっている。西ローマ帝国は、ゲルマン系譜族の移動によって,476年に終焉を迎えた。文書証拠のない時代の民族移動を跡付けることは、歴史家にとっては困難を極める。本稿は、ゲルマン民族の移動という歴史現象を,気象学上のデータとつきあわせ,前者の原因を気象変動に求めてみるという、一つの試論である。
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