ハインリヒ・シェンカーの「ピアノ演奏論」に関する考察
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概要
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ハインリヒ・シェンカーHeinrich Schenker(1868-1935)は、20世紀初頭にウィーンで活動したポーランド生まれの音楽学者である。小論は、彼が残したピアノ演奏論に関する考察をしようというものである。シェンカーの名は、作品の構造を階層的に捉える独自の分析方法でよく知られている。これは、それぞれの音が占める重要度に応じて作品を前景Vordergrund-中景Mittelgrund-後景Hintergrundという3つの構造レベルに分けて考え、実際の音楽作品が創出されていく過程を後景から順を追って見ていくというものである。かねてより筆者は、この階層的な構想が、演奏における技術的な問題と何らかの共通性を有しているのではないかと感じ、彼が演奏行為に対してどのような考えを持っていたのかということに強い関心を抱いてきた。シェンカーがピアノ演奏論を執筆していたという事実を筆者が知ったのは、未完に終わった演奏論の下書き原稿を彼の弟子たちが編纂し、英訳出版した本を通してである。しかしこれには編集上の重大な問題があることも判明した。今回はシェンカー自身による演奏論の「下書き原稿」に立ち返り、12章から構成される全体のうち、第6章までを紹介し、かつ筆者の問題意識に即して考察を加えた。 第1章「音楽作品と演奏」、第2章「演奏と作曲家の書法の関係について」ではまず、演奏者が楽譜をいかに読むべきか、ということに焦点が当てられる。音自体の持つエネルギーの関係性を読み取り、頭の中で作品全体の表象を構築していこうとする行為は、音楽の立体的な構造を重視する彼の分析における姿勢と共通する部分が大きい。続く第3章「ピアノ演奏技術一般について」以降は、その表象を実際の音響へと移すための現実的な問題へと移っていく。この章ではピアノという楽器の持つ特殊性が指摘され、演奏技術には、楽器の相違に関係のない原則が存在するとシェンカーは述べる。 そして第4章「個々のピアノ演奏技術について」、第5章「ノンレガートについて」、第6章「レガートについて」で初めて、ピアノ演奏技術に関するシェンカーの具体的な考えが述べられる。ここで最も特徴的なことは、肩から指先までの各器官に決められた動きを割り当て、鍵盤に伝わる腕の重みを、音楽の内容に応じて論理的に設定するという行為である。腕の動きによって、幾つかの音から成るフレーズを、その背景にあたる一つの音または一つの和声から生まれてきたものとして捉えようとする試みは、シェンカーが分析と演奏を一体として捉えていたことを示す証左となろう。今回の考察を通して、演奏行為に対するシェンカーの包括的な考えを読み取ることができたと考えている。演奏論第7章以降では多くの実例と共に、今回扱った基本的な考えを踏まえて実践的な問題が扱われていく。今後はシェンカーの音楽理論をも詳細に研究し、演奏論を総合的に考察することで、彼の思い描いた構想全体を明確に把握していきたい。