ミーゼスとシェーラー : 価値理論の2つのタイプ、その相互関係について
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概要
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価値(英value,独Wert)の概念は、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスとマックス・シェーラーの思想においても重要な役割を負けっていた。もちろん「価値」の概念が各人によって適用される領域は異なっていた。ミーゼスは経済学者であり、シェーラは倫理学者・哲学的人間学者であった。表面上、二人の思想家の立場は完全に対立しているように見える。シェーラーは「客観的価値」の真理性を主張したのに対して、ミーゼスは経済的な選択のプロセスを理解するためにの鍵として「主観的価値」を擁護したからだ。しかし、主観的価値が作用する経済の領域を、客観的価値に根ざしたはるかに広い論究の枠組みの部分集合とみなすことは可能である。シェーラーの思想が指向しているのは或る理念的な人間世界であるが、その世界は人びとが実際に選択する諸価値観を経済的に分析することによってけしって無効にされたりはしない。この点にかんがみれば、ミーゼスとシェーラーの思想は相補的な関係にあると見られよう。二人が同時代を生きた当時この相補性が理解されなかったのは、ミーゼスが本筋から離れた法方論的な仕事に関わっていたことによる。さらにつぎのような諸要因、(1)シェーラーの早世、(2)ハイデガーの影響によって初期の現象学運動が見えにくくなったこと、(3)米国の社会科学者がシェーラーを知ったが遅かったこと、(4)経済学を含めた社会学と哲学とのあいだの学問的縄張り意識が強固であったこと。などによって、後代の思想に対してシェーラーの考えがもっといた衝撃力が弱められがちだったのだ。それにもかかわらず、客観的価値についてのシェーラーの考え方は、リバタリアンと伝統的保守主義者のそれぞれの世界観を橋渡しするユニークな媒体として役立ちうるであろう。この点に関してミーゼスとシェーラーを共通の文脈においてみることは、現代にとって必要不可欠な作業である。