歌と宣命・祝詞における構文上の差異 : 「如し」の場合
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概要
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『続日本紀』の宣命、『延喜式』の祝詞、『萬葉集』の歌を資料として、上代日本の散文と韻文との間にどのような語結合の差異があったのか、ということを明らかにするのが本稿の目的である。この目的を果たす方法はいくつか想定することができるが、今回は助動詞の「如ごとし/如ごと」を選び、散文である宣命・祝詞と韻文である和歌とでは語結合にどのような差異があったのかを、徹底的に調査し考察を加えた。 その結果、次のようなことが判明した。まず、宣命には次の三種の結合が認められる。 I[…体言+の+如く(/如)] II[…活用語連体形+が+如く] III[…活用語連体形+こと+の+如く] 一方、同じく散文である祝詞には、IとIIIの2種の用例はあるが、IIには1 つも用例がない。IIとIIIの形式は、活用語の連体形と「如く/如」とを結び付けるものだという点で、たがいに同じ機能を持つ。その機能を果たすものとして、祝詞の表現では、IIの形式よりも重々しい口調を持つIIIの形式を用いたと推定できる。 和歌の表現にも、以上の3 種の形式に属する用例がある。しかし、それだけでなく、宣命と祝詞には認められない次の形式の用例が多数ある。 IV[…活用語連体形+如く] この形式は、活用語の連体形と「如し/如」を、助詞「の」「が」などを用いずに結び付けるものである。宣命と祝詞とにIVの用例が1 つもないのは単なる偶然ではなく、IVの形式は和歌にしか用いない、特殊なものだったと考えられる。 以上のことから、『古事記』『日本書紀』や諸国『風土記』などに見える「如」字の一部について、それらの訓読の適否を判定することが可能となる。つまり、これらの文献のなかで、「如」字の直後に活用語として訓ずべき字が位置する例の場合、その部分をIVの形式に訓読することは不適切であり、IIの形式に訓読するのが適切である。 『古事記』には、「如」字が百例以上ある。そのうち、「如」字の直後に活用語が位置する可能性のあるものは十数例あり、それらのなかには、実際に注釈書でIVの形式に訓読されているものがある。本稿の末尾では、十数例の1 つ1 つについて訓読の適否を検討した。
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