草津温泉の高原観光都市化について-戦後の構想から発展へのプロセス-
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概要
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草津温泉は,標高1,130メートルから1,220メートルの高原性盆地形に開けた古くからの湯治場温泉集落で,温泉街は盆地底を中心に広がり,長い間ふん詰りの観光地であった。日本の戦後復興と経済発展は,モータリゼーションの到来とともに道路網が拡充され車の発達をみると,草津温泉は,点としての観光地から,広域観光の基地として観光客の増加をみた。即ち,それまでは療養を中心とした滞在型の湯治客中心から,広域観光を目的とした通過型の観光客中心へと変化した。観光客受入地としては,圧倒的な許容量の拡大が求められるようになったのである。その結果,既存温泉集落の発展はスプロール化し,地形的な制約から新しい温泉集落の立地を求めて,広大な高原地域への観光集落再編をめざした動きが起こってきた。戦後の高原観光都市建設計画から,今日みられる高原観光都市化へのプロセスを明らかにすることにより,草津温泉の現状についての分析を試みた。