田原藩漁村支配の諸相
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概要
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田原藩は知行高一万二〇〇〇石のうち三パーセント弱を浮役高で与えられていたので、領主としてその機能を十全に果たすうえで、漁業・漁村の支配はゆるがせにできない事柄であった。藩による表浜支配の根幹は、漁獲高の四分の一ないし五分の一を運上として取り立てるものであった。主要な漁業であった鰯漁では、干鰯を現物で取り立て、商人に払い下げて財源としていた。鰯以外の魚は運上金で取り立てたが、盆鯖・田作鰯は原則として現物納であり、将軍に献上された稚海藻は調製にいたるまで村方の仕事であった。天明期以降には請負浜がすべての浜に行われ、運上金の安定的確保が目指された。こうした財源確保のための漁村支配ばかりでなく、領知の責任を果たすべく、資金援助や「庄官」の直接支配による漁業振興策、熱心な大漁祈願が実行されていた。総じて、十七世紀末から十九世紀初めの田原藩の漁業・漁村支配は、浜の実状に即して実現されていた。
- 2004-03-31