鹿児島県の一畑作地帯における農民層分解
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概要
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本稿は鹿児島県における一畑作地帯=茶業地帯でみられる商業的農業の展開-農民層の分化・分解の形態・性格をどのように理解できるかという問題設定をおこなつて, 調査部落の戸別農家を具体的に分析・考察したものである.第I章では, 部落総農家の視点から上向化する農家を検出し, その性格を明らかにした.まず, 階層別農家構成の変動を戦後の時期区分によつて考察し, 日本経済の高度成長につれて, 脱落・下向する1町以下の農家と上向する2町以上の農家が現われたことを明らかにした.下向と上向の二タイプの農家を検出したのち, 下向農家と上向農家の性格を考察したら, 下向する農家は旧自小作・小作農家であり, 現在日雇農家であつたが, 上向する農家は旧地主・自作上層であり, 現在の専業農家・自営あるいは紅茶共同工場の役職員兼業農家であることがわかつた.そのように, 現在の農家の下向化と上向化を条件づけたものは農地改革の在り方, 即ちブルジョア的土地変革にあつたといえる.ブルジョア的土地変革では, 商品生産にも多様性があらわれ, 下層農の低級商品生産, 中層農の窮迫的性格の多角経営, 上層農の茶業・煙草等の専門型経営が形成された.そして, 下層農の低い農家経済は経営主をも農業生産従事から追放することとなり, 生産年令人口の広汎な農外流出となり, 老人・婦女経営と化してますます零落の道を辿り「完全離農までの仮りの宿」となつた.第I章で検出された上向農家は茶栽培農家であつたので, 第II章では, 茶栽培農家の視点から, 茶上層農の性格と収益性の検討を通じて現在茶上層農の収益性からの頭打ちを考察し, それは農業の商業的展開における技術の未発達から起こる現象であつて, 農民層の分化・分解の法則は否定されるものでないことを明らかにした.また茶業の展開における農民の新しい生産関係-富農と貧農の雇傭・被雇傭関係を明らかにし, 雇われるものは, 第I章で明らかにした「完全離農までの仮りの宿」としての農民経営者たちであつた.即ち, 零細農は独占資本に対する相対的過剰人口として存在し, 農業内部に於いては商業的農業の担い手である富農層の日雇い者として存在し, 農外(独占資本)と農業(富農)に対して二重の役割を果している階層であることを明らかにした.さいごに, 独占資本と茶生産農家との関係を, その結節点である茶価格形成のメカニズムをとおして明らかにした.現在の紅茶価格は独占資本の主導権によつて決定されるので, 低価格とならざるをえないが, この低価格は農民層の分化・分解を緩慢にはするが, 激化しないだけである.しかし, その状態が長期化することによつて, 農民への影響は, 下層農に強く影響することとなり, 脱農化にいたらしめるものである.そして, 独占資本による貿易自由化-紅茶価格の下落は下層農での紅茶経営を困難・不可能にするが, 上層農も勿論経営の圧迫は受けるけれどもそれに対応する技術の導入・改良・面積拡大によつて, ますます, 茶生産農家間の分化・分解をおしすすめようとする.それは上層農が今後紅茶作付面積を4〜5町に増大して, コスト・ダウンをはかり, 茶業専門経営をやつてゆきたいという「資本主義の精神」(Max Weber)からも知ることができる.このように, 茶上農層が一般にいわれる「頭打ち」をのりこえてゆく条件は, 限界地農業における特殊性, 即ち, (1)安定した兼業の場がないので, 富農層は頭打ちを生じても簡単に兼業に転化しえない, (2)畑地価が安く(全国畑地価の46%), 土地を拡大する条件がある, (3)男子労働力は流出するが, 後に劣悪な婦女労働力が滞留し, 日雇労働力を求めることができると共に, それが低労賃であるということ等があげられる.
- 1966-03-14