ナタマメギセル近似種群の形態学的分化と種分化
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概要
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ナタマメギセルLuchuphaedusa (Oophaedusa) ophidoonは鹿児島県下甑島に固有のキセルガイ類である。本種には大小の2型のあることが原記載の時から知られていたが, 種内変異として扱われてきた。下甑島の各地から得られたナタマメギセルの形態学的変異を詳細に検討したところ, 本種には形態学的特徴が異なる3つの型, [北部大型], [南部大型], [小型]が存在することが明らかになった。これらの3型は, 貝殻の大きさ, 殻口の形態, 交尾嚢の盲管の長さと形態, 陰茎の内部形態の違いによって区別される。これらの3型は分布域を異にし, [北部大型]と[南部大型]は, それぞれ下甑島の北部と南部に広く分布するが, [小型]は瀬尾崎の先端にのみ局在する。[北部大型]は他の2型とは異所的に分布するが, [南部大型]と[小型]は側所的に分布する。瀬尾崎において[南部大型]と[小型]の分布域は接触し, その境界では2型が混生し交雑するhybrid-zoneを形成している。hybrid-zoneでは, 中間的な形態を示しF_1と推定される雑種が見い出された。また, この個体は妊娠しており, 雑種は繁殖可能であると考えられる。さらに, 交雑実験および野外観察の結果から, [南部大型]と[小型]の間には交尾前生殖的隔離機構がなく, hybrid-zoneにおいて両者は自由に交雑していると考えられた。しかし, hybrid-zoneにおいても[南部大型]と[小型]の形態学的な違いは明らかで, F_1と推定される雑種の出現頻度は極めて低かった。また, hybrid-zoneを介した遺伝子の浸透も全く認められなかった。これらのことは, 両者の間には強い交尾後生殖的隔離機構が存在していることを示しており, 遺伝的ない和合による雑種崩壊が集団の融合を阻止していると考えられた。従って, [南部大型]と[小型]は交雑にも関わらず, 独自の遺伝子プールを維持しており, 別種であると考えられる。一方, [北部大型]は, 分岐分類学的解析の結果から, [小型]と姉妹群を形成すると考えられる。[北部大型]が, 他の2型から遺伝学的に分化していることは明らかであるが, 他の2型とは異所的に分布するため, 自然集団における生殖的隔離を検討することができなかった。従って, 現時点では, ナタマメギセルをspecies complexとして扱うのが妥当であると考えられる。これらナタマメギセルの3型は, 同属の別種にはない派生形質を共有しており, 単系統群であることは明らかである。また全て下甑島に固有で, 近縁な種が下甑島の近辺にいないことから, これらの3型は下甑島という全長11 kmしかない小さな島の中で分化したと考えられる。このように狭い地域の中で複数の分類群を生じ, 生殖的隔離が成立しているのは注目すべき現象であり, ナタマメギセル近似種群は陸貝の種分化過程を研究する絶好の研究材料であると考えられる。
- 日本貝類学会の論文
- 1993-12-31
著者
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