はじめに「経済状態」ありき : 1830年代におけるアフリカ系アメリカ人の間での道義的説得をめぐる論争
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概要
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1830年代から40年代の大半にわたり奴隷制廃止運動において支配的であった道義的説得のイデオロギーは, 奴隷制や人種差別を道徳の問題としてとらえる考え方を擁護するものであった。人種統合を目指すこの楽観的なイデオロギーは, 倹約, 勤勉, 節制, 禁酒などの理想的な徳を養うことでアフリカ系アメリカ人が被っている不正や不公平をなくしていこうというものであった。アフリカ系アメリカ人が奴隷として扱われ, 差別をうけ, 平等の権利を認められていないのは, 彼らが道徳的に劣っていて, しかも物質的貧しい状態に置かれているせいであるという考え方がその根底にあった。黒人達の徳性を高め, その経済状態を改善していくことは, 白人の道徳心に訴えかけることで好意的に受けとめられるであろう。その結果, 黒人に自由と平等を与えるように白人達を説得することができると考えたのである。この道義的説得を支持する黒人達は, 白人の奴隷制廃止論者たちと協力していくために, 暴力的で過激な手段や分離主義の方策はとらず, 人種や人種に基づく偏見を考慮することも重要ではないと考えた。黒人達がこの道義的説得という方策をとる決断を下すまでの道のりはけっしてやさしいものではなかった。「経済状態」が差別を生む原因だとするグループと人種偏見が問題だとするグループの間でしばしば激しい論争が行なわれた。その結果, 「経済状態」を支持する立場が優勢に立ち, 1840年代の終わりになるまで黒人達は道義的説得を試みることになった。
- 上智大学の論文
- 1995-03-31