市場経済移行後の自然災害と社会問題を解決するのは、遊牧民の哲学と共生の思想である
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概要
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ネグデル体制下の遊牧民が望んでいたことは,五畜の主人公になり,伝統的な遊牧共同体(ホタアイル)を復活させ,自然と調和した社会を取り戻したいということであった。果たして,市場経済への移行により,その望みはかなっただろうか?この視点から移行後の遊牧社会の問題を問い直す必要がある。ネグデル解体後,確かに私有家畜にもとづく家族経営とホタアイルは復活し,遊牧民は意欲的に飼養頭数を増やした。しかし,2000年から2001年にかけての寒波によってゾド(家畜の大量死)がおこり,ネグデル解体前の飼養頭数に戻った。モンゴル政府は,選挙のたびに政権交代してきたが,どの政権も農政について無策であり,ネグデルに代わる組織を再構築しなかった責任は大きい。一方,遊牧民自身は独自の努力を重ねてきた。バヤンホンゴル県ツェルゲルにおいては,伝統的な遊牧共同体社会をネグデルに代わる組織ホルショーに発展させ,市場経済の競争原理から地域社会を守ろうという取り組みが行われた。しかし,政府がさらなる自由化を推進したため,小さな協同組合は市場の波に飲み込まれてしまった。また,遊牧民の意識の中にも競争原理や拝金主義が浸透してきた。カシミヤ価格の急騰により物欲をかきたてられ,急落により家畜を手離す牧民が増えている。ルールなき資本主義の下,自然災害や身内の不幸をきっかけに没落する牧民は増え続けているが,ごく少数ながら動じない牧民もいる。遊牧民ダンバは家畜と気象と草地を徹底して観察し,適宜労働を投入することにより,自然災害や市場の波を乗越え,家畜を安定的に増やしてきた。これは,農業切り捨て農政の下,生き残ってきた日本の農家が,安易な近代化や経営の効率化,利潤追求主義に走らず,自然に謙虚に学ぶことにより農業経営を確立し,維持してきたこと,例えば日本の山地酪農家斎藤晶の蹄耕法の思想に通じるものがある。遊牧民は農(遊牧)と共生の論理に今一度立ち戻ること,政府はそれを支持し,資本の論理から農牧業を守ること,今大切なことだと思われる。
- 2003-03-31
著者
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