歴史のない小さな国から : 文学に見るニュージーランド人(パケハ)のアイデンティティ
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概要
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ニュージーランドが生んだもっとも著名な作家であるキャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield, 1888〜1923)は、1909年に書いた一編の詩のなかで、祖国を「歴史のない小さな国」と呼んでいる。英国を中心とする西欧系の白人、いわゆるマオリ語で言うところの「パケハ」Pakehaであったマンスフィールドは、イギリスに憧れ、19歳のときにイギリスヘ渡り、その後二度と祖国に足を踏み入れることはなかった。しかし、そのマンスフィールドとて、ニュージーランドの周縁性をめぐる複雑な問題から免れることはできなかった。本稿では、マンスフィールドをはじめとするニュージーランドの作家たちの作品を通して、パケハの文化的アイデンティティの構築と表象を検討する。植民地ニュージーランドが誕生した1840年から国家主義的傾向が強まる1930年代の直前まで、パケハの文学において顕著だったのはイギリスに対する文化的帰属意識であった。こうした特徴を示す代表的なものとして、マンスフィールドとロビン・ハイド(Robin Hyde, 1906〜1939)という二人の女性作家の作品をとりあげる。そして、第二次世界大戦後、イギリスとの密接な関係を失い始めたニュージーランドは、次第にポストコロニアルと呼ばれる状況へ入っていく。このポストコロニアルな状況におかれたニュージーランド人のアイデンティティを探るために、ジャネット・フレイム(Janet Frame, 1924〜2004)の『カルパチア山脈』(The Carpathians. 1988)と、ケリ・ヒューム(Keri Hulme, 1947〜)の『骨の民』(The Bone People, 1983)を分析する。最後に、1990年代に文学界に登場した三人の若手女性作家、カースティ・ガンヌ(Kirsty Gunn, 1960〜)、エミリー・パーキンズ(Emily Perkins, 1970〜)、そしてカプカ・カッサボバ(Kapka Kassabova, 1973〜)の作品に検討を加える。興味深いことに、これらの作品の共通点は、地理的、時間的、文化的、言語的、そして、ナラティブ的ディスプレイスメント(displacement)が起こっているということである。本稿では、日本ではほとんど知られていないニュージーランド人(パケハ)の複雑に揺れ動くアイデンティティを文学という観点から考察する。
著者
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