ライプツィヒ市史
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概要
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重要な2本の街道の交差点にあったライプツィヒは、「市の立つ場所」として千年余の歴史を持つ。ルターによる新教が根づいて以来、ザクセンの商都として、また大学都市として、独自の文化を発展させてきた(書籍出版、音楽、啓蒙的な思想など)。第二次大戦後は東独領内に。やがて同市の市民運動がきっかけになって、東独全体の「民主化要求」に、そして「東独崩壊とドイツ再統一」につながった経緯がある。その背景にあった伝統的な「市の気風」を、歴史をたどりながら考察してみる。
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