境界と幻想 : エンリーコ・モロヴィッチの作品について
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
1.はじめに ジャンフランコ・コンティーニは、戦後まもないころフランスで出版されたイタリア人作家の幻想短篇小説のアンソロジー『魔法のイタリア』Italie magiqueの中に、エンリーコ・モロヴィッチ(Enrico Morovich, 1906-1994)の掌篇を五つほど選んでいる。同選集に収められた、パラッツェスキ、モラヴィア、ランドルフィ、ボンテンペッリといった、現代文学史の記述において多くのページがさかれる名だたる作家たちに比して、モロヴィッチは、批評家や研究者たちから取り上げられる機会は多くはないが、いくつかの点で、少なからぬ興味を惹く作家である。まず第一点には、この作家が生まれ育ち、約半世紀の間そこを生活の場としながら創作活動を続けたフィウーメという町の特殊な文化的背景が挙げられる。やはり辺境の町トリエステ出身のズヴェーヴォ、サーバ、ズラタペル、ストゥパリッチといった文学者たちがそうであったように、地理的にも文化的にもイタリアの周縁部である一方で、広く中欧文化の伝統にも開かれた国境地帯に生まれたことは、モロヴィッチにおいても、その文学と思想の方向性を決定づける条件となっている。また、これらの文学者たちの多くが、当時の文化の中心地であったフィレンツェの文壇に接触、参加していたように、モロヴィッチもまた、《ソラリア》をはじめとしたフィレンツェの雑誌への協力を通じて、自己の文学世界を確立していった。そして、さらに注目すべきなのは、その模索の過程で、モロブィッチが、自己の作品世界の方法として、類稀な幻想的、超現実主義的な作風を打ち立て、それによって、決して無視できない、オリジナルな成果を残したという点である。文学史を振り返ってみれば、30年代から40年代前半にかけては、ランドルフィ、ブッツァーティ、ザヴァッティーニ、デルフィーニといった作家たちが登場し、あるいはモラヴィアがファシズム体制の検閲下で多くの超現実主義的作風の短篇を書くなどして、イタリア文学の伝統においてはどちらかと言えば傍流的な<幻想>の文学が、以外にも豊かに花開いた時期であったと言えるが、彼らと時を同じくして登場したモロヴィッチの諸作品もまた、そうした<幻想>もしくはシュールレアリスムの文学の潮流の一角に確かに位置づけることができるのである。そこで、本論文では、作品の翻訳を含めて日本ではほとんど紹介がなされていないモロヴィッチのプロフィールりを紹介するとともに、作品を分析し、その独創性に光を当てることによって、この異色の作家の再評価のを試みたい。
- イタリア学会の論文
- 1997-10-20